第66話 実家に一時帰省
「さて……」
謁見の間に戻った国王陛下たち一行。
先ほどよりひとり分のスペースが空き、不思議と広間が広く思えた。
「見事ヒスイ男爵は、己の実力と才能を見せてくれた。第一王子はこの国でも上位の実力者だったにも関わらず、それをあっさり倒すとは天晴れ。今後、娘や息子たちの家庭教師を頼むことになるだろう。その褒美として……以前、リコリス侯爵に頼まれていた件を処理しておいた」
「リコリス侯爵が頼んでおいた……?」
なんだろう。僕に関係する話だが、該当する記憶はなかった。
いや、ひとつだけあるが、まさか?
「宰相、ヒスイ男爵にあの証明書を」
「はっ」
国王陛下が臣下である宰相の男性にそう指示すると、一枚の紙を手渡される。
表面には、
「こ、これは……アルメリア姉さんの!?」
アルメリア姉さんが、リコリス侯爵令嬢になったことを証明する文字が記載されていた。
一番下に、リコリス侯爵と国王陛下のサインも入っている。
「ああ。男爵は以前、リコリス侯爵に相談していたそうだな。どうしたらクレマチス男爵令嬢の次女を王都へ連れていくことができるのか、と。たしかに子供は親の所有物でもある。二十歳を超えないかぎり、本人には本当の意味での自由はない。だが、それがあればもう、クレマチス男爵家の次女はリコリス侯爵令嬢になる。リコリス侯爵が許可を出せばすぐにでも彼女を迎え入れることができるだろう」
「へ、陛下……ありがとうございます!」
ばっと勢いよく頭を下げる。
心の底から国王陛下に感謝した。
この証明書は、本来であればクレマチス男爵の承認も必要になる。先ほど陛下が言ったように、アルメリア姉さんはあくまで両親の所有物として扱われるからだ。
しかし、国王陛下が介入したことにより半ば無理やり、本人がそれを望めば、両親の許可なく他家の養子になることができる。
国王陛下の権力とはそれほどまでに大きいのだ。まあ、あくまで本人が許可しないとダメだが。
しっかり陛下の玉璽まで押されている。これを反故にできる者は、王国内には存在しない。
傷付き汚れないように、すぐに〝収納袋〟へと証明書を突っ込んだ。
「ははっ。爵位や屋敷をやった時よりも喜んでいるな。まことヒスイ男爵は家族想いの人間だ。少しばかり侯爵から聞いているよ。ずいぶんと苦労していたそうだな」
「それほどでもございません。ただ、我が姉たちにはもう苦労をさせたくないのです。少しでも早く幸せにしたいと思っております」
「うむうむ。素晴らしい話だ。きっと侯爵も、年頃の娘とはいえ、男爵の家でアルメリア嬢が暮らすことを許可するだろう。あとは当人同士でじっくり話し合うといい」
しゃん、と広間に響く錫杖の音。
国王陛下に貸しを作るのはあまり得策ではないが、アルメリア姉さんのことを考えると嬉しくてしょうがない。
最悪、侯爵に頼んで養子にしてもらうか、二十歳を過ぎるのを待とうかと思っていたところだ。
これで大幅に計画を前倒しにできる。
「では男爵よ。これにて謁見は終了とする。逸る気持ちもあることだろう。十日後にもう一度王宮へきてくれるか? その時に、アインとマイヤの家庭教師の件を話そう」
「はっ。畏まりました。全身全霊をもって教えさせていただきます」
国王陛下は僕の気持ちを優先してくれる。
いますぐにでもクレマチス男爵家へ行って、アルメリア姉さんを連れていきたい。
僕ひとりなら一日くらいで着くが、アルメリア姉さんのことを考慮すると、馬車で往復一週間くらいかかる。
ゆえに、ギリギリの時間を取ってくれた。
本当に決して憎めないお方だ。準備をして出発しよう。
謁見が終わるなり急いで自宅へと帰った。
▼
その日の内に、僕は王都を立つ。
馬車には数日分の食料が積まれ、アルメリア姉さんのための護衛が数名、王宮から派遣された。
すべて無料だ。
どこまでも至れり尽くせりの待遇に感謝しつつ、王都を出て森に入る。
この広大な森の中を、三日かけて馬車で踏破する。
周囲を囲むように配置された騎士たちが、馬に乗って共に走る。
のんびりと野宿をしながら三日、早くアルメリア姉さんに会いたい気持ちを抑えながらクレマチス男爵領を目指した。
▼
クレマチス男爵領には、予想どおり三日ほどで到着する。
三日なのでまだ衣服もそんなに汚れていない。風呂には入りたいと思ったが、それより何より。
体感、久しぶりに感じるクレマチス男爵領の、歪なでこぼこ道を通る。
両サイドを小さな畑やボロ家に囲まれたこの細道……懐かしいな。
一応、お迎えするアルメリア姉さんは、今後リコリス侯爵令嬢になる。
ゆえに、乗ってきた馬車は僕の所有するものではない。リコリス侯爵家の家紋が入った馬車だ。
家紋が入っているということは貴族の馬車であり、周囲を囲む護衛の騎士たちを見た村民たちが、おっかなびっくりしながらも僕の乗った馬車を見送る。
事故を起こさないよう注意しながらクレマチス男爵邸の前に到着した。
僕の屋敷はもちろん、リコリス侯爵家の屋敷に比べたらただ少しだけ大きい程度の建物だった。
窓の外から馬車の姿が見えたのだろう。両親と兄たちが家の中から出てくる。
久しぶりの再会に、少しだけ心が苦しくなった。
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