第65話 娘は強い
「呪力も使えますよ。僕、すべての属性が使えるので」
国王陛下、ペンドラゴン公爵、第二王子アイン、第一王女マイアたちの前で、僕はハッキリとそう告げた。
すると、やや遅れて、
「なにいいいいぃぃ————!?」
「なんだとおおおぉぉ————!?」
「なんだって————!?」
「なんですって————!?」
国王陛下が。
ペンドラゴン公爵が。
アイン殿下が。
マイア殿下が叫ぶ。
盛大な四人の声が、王宮内部に広く響いた。
目の前でそれを聞いていた僕は、鼓膜が破れるかと思いながらも一歩だけ後ろに下がる。
だって彼らの目がすごい。「どういうことだ」と如実に物語っていた。
「ひ、ヒスイ男爵は……呪力も使えるのですか?」
「ええ。幸いなことにどの属性もそれなりに使えますよ」
辛うじて声を発したマイア殿下の質問に、よどみなく答える。
その瞬間、彼女に両手をがしっと掴まれた。
輝かんばかりに見開かれた双眸が、僕の顔を反射して映す。
「まあまあまあ! これは運命ですわ! まさかヒスイ男爵がすべての属性を使えるなんて!」
「さ、さすがに僕も驚いたよ……人生で一番かもしれない」
大袈裟にマイア殿下とアイン殿下がそう感想を漏らす。
後ろの大人二人は、もはや固まって動けないでいた。
「すべてを極めることはできなかったので、どの属性もいまだ中途半端ではありますけどね」
そう言って失礼ながらも第一王女マイア殿下の手を離す。
軽く呪力も使えますよ、という証明をするために、手のひらを彼女たちの前に差し出した。そこから小さな石ころを生み出す。
これは呪力による変化と変質の力。
同じ能力が使えるマイア殿下なら、手のひらの上に転がる石ころを見て答えがわかるはずだ。
「こ、これは!」
想像どおりに食いついた。
がしりと再び手を掴まれる。
「呪力をそのまま変化、変質させたのですね!? ものを変化させるよりも難しいと言われる高等テクニックですわ! す、すごい……あんな一瞬で呪力を発動するなんて……!」
興奮気味に呼吸が荒くなるお姫様。
少しだけ顔が怖い。オーラも強さを増しているように思える。
「それはそんなに凄いことなのか?」
「当然です! 呪力の操作は他の属性より難しいと言われてるんですよ! その上で、他の物体に呪力を流して変化させるのではなく、呪力そのものを変化・変質させるなんて芸当、相当な修練を積まないと不可能です!」
第二王子アインの問いに、くわっ! と第一王女マイアが食い気味に答える。
その圧倒的なオーラに、びくりと第二王子は肩を震わせた。
「わたくしだってまだまともに呪力を流して変化すらできないのに…………決めましたわ、お父様! やはりヒスイ男爵こそがわたくしの運命の相手!」
くるりとその場で振り返り、いまだ微妙に固まったままの国王陛下へ懇願する。
「認めてください! ヒスイ男爵とわたくしの関係を!」
「…………」
なんか、ちょっと意味合いがちがくない?
これじゃあ完全にプロポーズだ。僕と結婚したいようにしか見えない。
陛下も、
「ならん! 結婚など認めん!」
と意識を取り戻すなり、叫ぶ。
それに対して第一王女は、
「家庭教師の話です!」
と正論をぶつけた。
ようやく話がかみ合う。
「む? 家庭教師?」
「はい。どうせお父様は、ヒスイ男爵にアインお兄様の家庭教師を頼もうとしたのでしょう? あれほどの実力者はそうそういませんから」
「う、うむ、そうだな」
「でしたら呪力も使えるそうなので、わたくしの家庭教師にも。忙しい公爵家の当主様を呼ぶより効率的に学べますしね?」
「むむむ……だが、年頃の異性と一緒だなんて……」
「お父様? お願いします」
にこりと微笑む第一王女マイア。
あ、ダメだこれ。
直感的に国王陛下が、愛娘の頼みを断れないタイプだと察した。
謁見の間では堂々とした姿を見せていた陛下も、一皮向けるとただの親バカ。
視線がきょろきょろとあっちへこっちへ移動してから、非常に嫌そうな顔で、最後には頷いた。
「……わかった、許可しよう」
「ありがとうございます、お父様!」
だから僕の意見は?
これだから縦社会は。
「これからよろしくお願いしますね、ヒスイ男爵! わたくし、きっと今よりもっと呪力が上達できるような気がします」
「ズルいぞマイア! ヒスイ男爵は僕の家庭教師でもあるんだ、独り占めしようとするな!」
「お兄様は十分に才能ありますよ。おひとりでも大丈夫です」
「一日も譲らないつもりか!? ダメに決まってるだろ!」
またしても騒がしくなってくる一行。
国王陛下は頭を痛めながら歩き出す。
その様子に、僕もまた頭が痛くなる気持ちを抱きながら、謁見の間へと戻った。
本人の許可なく進む話……これが異世界か! ちくしょう。
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