第96話 ドラゴンスレイヤー

 ドラゴンに襲撃された後とは思えぬほどスムーズに、僕たちの馬車は王都の門をくぐり抜ける。


 ガタガタと車輪が音を立てながら、真っ直ぐに王宮を目指して進んでいた。


 その馬車の中では、僕が表情を曇らせている。


「……本当に行くんですか、マイア殿下」


 対面に座る王女殿下に訊ねた。彼女はにこりと笑って答える。


「もちろんです。ドラゴンから王族を救った英雄の話を陛下にしなくては」


「それは僕がいなくてもできるんじゃ……」


「当人がいなくてどうするんですか! この件に関してはアインお兄様も賛成してます。もう逃げられませんよ」


「アイン殿下まで……どうりで馬車が一向に停まる気配がないわけだ」


 リベル殿下が賛成するとは思えないが、恐らくマイア殿下とアイン殿下に無理やり押さえ込まれたと見て間違いないな。


 道中、さりげなくドラゴン撃退の話を出したのもこのためか。相変わらずマイア殿下は抜け目ない。僕が逃げ出せないよう的確に情報を小出しにしている。


「それだけ我々はヒスイ男爵に感謝しているということです。心底王宮には行きたくない! と言うなら話は別ですが……」


「解ってて言ってますよね? 僕が、別に国王陛下に苦手意識を持っているわけじゃないって」


 というかそんなこと肯定したら、下手したら僕は反逆罪で捕まるのでは?


 さらりと恐ろしい話題が出てきた。


「ふふ。バレてましたか。ですが嫌ならルートを変更してでも帰れますよ? ヒスイ男爵が仰ったように、報告はわたくしがしてもいいですしね」


「……構いませんよ。実際にドラゴンを倒した僕の言葉も必要になってくるでしょうから」


「あれ? ドラゴンは倒したんですか?」


「深手は負わせました。よほど強力な神力でも使えないかぎり、ドラゴンの再生能力ではもう死んでいるかと」


 本当はすぐ隣にいるが、もう襲いかかってこないと思いますよ……という意味を込めて作り話をする。


 マイア殿下は瞳を輝かせて両手を重ねた。パン、と手を叩く音が聞こえる。


「まあまあまあ! ヒスイ男爵はドラゴンスレイヤーでしたのね!」


「ドラゴン……スレイヤー?」


 なにその厨二病全開の恥ずかしいあだ名みたいなの。


 呼ばれた瞬間に背中がむずむずした。


「ドラゴンを討伐した者に与えられる称号です。現在、王家が作った称号の中でも最高の名誉。その発言力は、最高位貴族にも匹敵します」


「え!? ど、ドラゴンを倒しただけでそんな……」


「ヒスイ男爵」


「は、はい」


 急にマイア殿下の顔つきが変わった。真面目になったというか圧を感じる。


「冷静に考えてください。ドラゴンと戦ったヒスイ男爵なら解るでしょう? ドラゴン討伐は、倒したではないんです。ものすごい名誉です」


「たしかに苦戦はしましたが……そこまでかと言われると疑問が……」


「それはヒスイ男爵が強かったからです。常人はドラゴンには勝てません」


 マイア殿下は断言する。そこでようやく表情が笑顔に戻った。


「なので、どうか受け取ってください。数百年ぶりのドラゴンスレイヤーが生まれたと話題になりますよきっと」


「えぇ……わ、話題になるのはちょっと」


「あ、王宮に着きましたね」


 マイア殿下、スルー。


 停車した馬車から降りて、彼女はすいすいと謁見の間を目指す。


 リベル殿下とアイン殿下も僕のそばにいた。しかし、リベル殿下は一言も喋らない。何かをぶつぶつと呟いている。


「改めて、僕たちを守ってくれてありがとう、ヒスイ」


「王国の民としてそれくらいは当然ですよ、アイン殿下」


「いやいやいや……ドラゴン討伐が普通だったら、他の騎士たちはすぐにでも引退しなきゃいけなくなるよ」


 アイン殿下の言葉に、近くにいた騎士たちはうんうんと頷く。彼らはドラゴン討伐の際に一緒にいた護衛たちだ。


「あはは……では、素直に受け取っておきますね」


「うん、そうしたほうがいい。それだけヒスイがしたことは偉大なんだよ? まさか数百年ぶりに現れたドラゴンスレイヤーが、最年少の十四歳だなんて……ふふ。誰も思わないだろうね」


「ヒスイ男爵は世界最強です。ドラゴンくらいサクッと倒しますよ」


「あの……あまり誇張がすぎるのもどうかと。結構苦戦しましたよ、ドラゴン」


「でもマイアの言うとおり、ヒスイが世界最強っていうのも頷けるよね。普通、ドラゴンは倒せないもの」


「ペンドラゴン公爵なら倒せそうですけどね」


 前に見たあの人のオーラは、ギリギリ、なんとか、もしたかしたら倒せるかも? と思えた。


「あー……たしかにペンドラゴン卿は王国最強だからね。いまはその地位はヒスイのものだけど、彼はたしかにドラゴンくらい倒せそうだ。なんせ、ペンドラゴン公爵家は竜殺しの家系だしね」


「竜殺しの家系?」


 なんだか興味を惹く話が出てきた。


 しかし、タイミング悪く僕たちは謁見の間に到着する。


「そうそう。謁見が終わったら教えてあげるよ。まずは……ヒスイの報酬を決めないといけないね」


 扉が開く。


 広間の奥には、仕事中の陛下の姿があった。

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