第97話 最年少の竜殺し
重苦しい音を立てて、謁見の間に続く扉が開かれる。
広間の奥には、つい最近顔を合わせた国王陛下の姿があった。
陛下は秘書と思われる男性から資料を受け取りつつ仕事をしている。
急な謁見の予定だったし、仕事をしながら進めるっぽい。
僕としてはさっさと話を終わらせてくれたほうが助かるので、黙って先頭を歩くマイア殿下たちを追いかけた。
「陛下、急な謁見の要請、許可していただき感謝します」
まずはマイア殿下が美しい所作で頭を下げた。
それを見た陛下はげっそりとした表情で答える。
「許可しないわけにはいかないだろう。大切な話があるから絶対に……絶対に謁見してください、と父を脅しておいて……」
「脅し?」
何の話だ?
彼女が部下にこそこそ耳打ちをしていたが、陛下を呼ぶ際に何かあったのかな?
僕が首を傾げると、マイア殿下はくすくすと笑った。
「ふふふ。何のことでしょう? わたくしはただ、謁見してくれないとお父様のことなんて嫌いになっちゃうかも……と伝えただけですわ」
——確信犯ッ! それはもう純然たる確信犯なんだよ、マイア殿下!
どうりで急用にも関わらず、お忙しい陛下が謁見してくれたわけだよ。マイア殿下を溺愛する陛下には効果抜群すぎる。
その上でマイア殿下は悪魔的すぎた。
「お前は、たまには父の気持ちを考えるべきだと思うぞ……」
「僕もそう思います……」
国王陛下の呟きに、マイア殿下の隣に並んでいたアイン殿下も同意する。
逆にマイア殿下は頬を膨らませて怒りを表現した。
「もう! なんですか二人揃って! 陛下はわたくしの話を聞いたらきっと感謝しますよ? 無理やりにでも呼び出してくれてよかったって」
「お前がそこまで言うと、なんだか嫌な予感がするな……ヒスイ男爵がいることといい、用件はなんなんだ?」
やや陛下の顔つきが真面目になる。親子の交流はこれでおしまい、という意味が含まれていた。
マイア殿下もこれ以上は陛下をからかったりはしない。
依然、笑顔のまま彼女は言った。
「ドラゴンスレイヤーですよ、陛下」
「ドラゴン……スレイヤー?」
いきなりのビッグネームに、陛下の思考が一瞬止まる。首を傾げてオウム返ししていた。
彼女はこくりと頷いて続ける。
「はい。この国にドラゴンスレイヤーがまた生まれました」
「……この流れから察するに、そのドラゴンスレイヤーとは……」
「ヒスイ男爵です」
「「「ッッッ!?」」」
謁見の間にいた僕とマイア殿下、アイン殿下やその護衛たちを除く人物たちの顔に、動揺の色が浮かびあがる。
それは陛下も例外じゃなかった。目を見開き、震える声で訊ねる。
「ひ……ヒスイ男爵が、ドラゴンを……倒した?」
「確定ではありませんが、リベルお兄様の狩りの最中、我々の前に一匹の大きなドラゴンが現れました。それを撃退したのがヒスイ男爵です」
「なにっ!? も、もっと詳しく話せ! どういうことだ!」
陛下は手にした資料を投げ捨てて前のめりになる。それを傍らに控える秘書の男性は咎めない。彼もまたこちらに視線を向けているから。
「詳しくも何も、それが今回の全てです。ドラゴンをヒスイ男爵が撃退。深手を負わせたそうなので、恐らくもう死んでるかと」
「…………」
事実を受け止めた陛下は、しばらく無言を貫いて玉座に深く座る。
次いで、マイア殿下の隣に並んだ他の息子たちにも訊ねた。
「リベル、アイン。マイアの話は真実なのか?」
「はい。少なくともドラゴンに襲われ、それを撃退したのは事実です。第二王子の名に誓って」
「…………事実、です」
リベル殿下の声は小さかった。しかし、王子や王女全員が認めたことで謁見の間にさらなる動揺が広がった。
騎士や仕事をしながら見守っていた貴族の一部が、ざわざわと呟く。
「あの少年がドラゴンスレイヤー? 冗談だろう?」
「まだ十四歳の子供じゃないか! 爵位を授与されただけでも歴史上初めてなのに……圧倒的最年少で竜殺し? もはや言葉が出てこない……」
「すべての能力を使える天才は、その実力までもが規格外、か。バジリスク討伐とはワケが違うぞ!」
動揺がやがて称賛に変わっていく。興味が畏怖に落ち着き、周りからの目が和らぐ。
爵位を授かった際には厳しい意見もたくさん出ていたはずだが、それも竜殺しという称号が付くことで他貴族は黙らざるを得ない。
きっと、みんな僕が怖いのだろう。敵対するより囲むほうが利口だと考えたに違いない。
「そうか……事実なのか」
陛下は顔を両手で覆う。
しばし無言の時間が続き、およそ一分ほどで再び陛下は口を開く。
「少なくとも位を子爵にあげる。ヒスイ男爵がいなければ、我が息子・娘たちが死んでいただろうからな。王族を救ったその大義、心から称賛しよう」
「あ、ありがたき幸せ……」
いやああああああ! 別に男爵のままでいいから! 余計なことしないでください陛下!
僕は心の中で盛大に叫ぶ。地位が高くなっていいことはあまりなさそうだと思った。
平民ならともかく、貴族社会は怖いよ……。
しくしくと内心で男泣きする。そんな僕に、ちらりと視線を背後に向けたマイア殿下の視線が。彼女は口角を上げて不気味に笑っていた。
ゆっくりと口が動き、それを僕は読み解く。
『次は、伯爵、ですね』
その意味を僕は知っていた。
王族と結婚するために必要なものだろう、きっと。
がくりと肩を竦めた。
———————————
あとがき。
そろそろコンテストの中間が発表されますねぇ……どんな結果でも本作は続きますけどね!
あ、新作のほうもよかったら応援よろしくお願いします!
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