第22話 アザレアの本音

 アザレア姉さんと僕の唇が重なる。


 脳内に、ただただ【???】が浮かんだ。


 数秒ほどで口は離れる。不思議と妖艶なアザレア姉さんの顔が見えた。


 掠れるような声で呟く。


「……え? いま、なにを……」


「ふふ。家族らしいスキンシップよ。さあ、そろそろ夜も遅いわ。子供は早く寝る時間よ。自室に戻りなさい」


「え? え? え!?」


 何がなんだか理解できないまま、アザレア姉さんに部屋を追い出される。


 パタン、と閉じた扉を見つめて、今さらながらに顔が赤くなった。


 さすがに叫ばずにはいられず、内心で盛大にぶちまける。




 えぇええええええ————!?


 と。




 ▼




 呆然と自室に戻るヒスイ。


 扉のそばから遠ざかっていく足音を聞いて、彼女——アザレア・ベルクーラ・クレマチスは、扉に背をあずけてからずるずるとその身を床に落とした。


 痛いくらい高鳴る心臓を押さえつけながら、真っ赤な顔で呟く。


「き、キス……し、しし、しちゃった……!」


 意識すると余計に顔が赤くなる。


 普段のクールさはどこかへいったのか、室内にはひとりの乙女がいた。


「どど、どうしよう!? ヒスイの言葉が、覚悟が嬉しすぎてキスしちゃった~~~~!? でもでも、仕方なくない!? 実の弟にあんな可愛いこと、嬉しいこと言われたんだよ!? もう愛情が爆発してキスのひとつもしたくなるってもんでしょ!?」


 それは誰に対する言葉なのか。ひたすら自身の行いを正当化する。




 ……実はこの女、カッコイイ姉でありたい。ヒスイにとって憧れの対象でありたい、という想いからクールぶってるだけで……実際は、このように初心な乙女だったりする。


 能面みたな表情と声色に隠れた本性は、常にヒスイへの想いで溢れていた。


 前にヒスイを抱きしめた際も、表情と声色こそ引き締めたが、内心ではひたすら「ヒスイ可愛いヒスイ可愛いヒスイ可愛いくんかくんか! ああ! ヒスイが可愛い!!」とペチャクチャ叫んでいた。


「……でも、まさかヒスイに私と同じ力があるなんて……。ふふ。ふふふ! このクソッタレな領地に戻るのは憂鬱だったけど、ヒスイが王都に来てくれるなら帰らなくていい! 頭の中が沸いてる両親も、クズでゴミな弟たちも無視して、ヒスイと幸せになれる! 心残りなのはアルメリアとコスモスだけど……最悪、結婚できなかったら王都に連れていけばいいわ。私とヒスイの稼ぎで十分に養える」


 不遇な人生を辿るであろうヒスイを助けるために、当初は男爵領に戻るはずだったアザレア。


 嫌々ながらも父の仕事を手伝い、ヒスイのそばでヒスイを守る予定だった。


 しかし、もうその必要はない。一番心配だったヒスイが王都に来るのだ、もはや男爵領など知ったことか。


 新たな未来に向けて、アザレアは幸せな想像を膨らませる。


「ああ……! なんて幸せなのかしら。きっと、これまでの私の行いを見てくれた女神様が、天使のようなヒスイに力をお与えになったのね! ありがとうございます、女神アルナ様!」


 【魔力】を生み出したとされる戦の女神へ祈りを捧げる。


 それが実はほとんど正解してることに、まだアザレアは気付かない。


 家中が静まりかえり、すべての灯りが消えるまでのあいだ……。


 彼女は、ひたすら女神への祈りとヒスイへの想いを口にするのだった。

















「ちょっと判断が難しいね」


「キスは許せない。でも、彼女の想いは本物。ちゃんとヒスイのことも考えてる」


「くすくす。わたくしは妾が何人いようと構いませんよ? どうせ、一番はわたくしですから」


「あ?」


「あ?」


「あ?」


 アザレアとヒスイの様子を窓の外からこっそり盗み見していた三女神。


 ここに、仁義無き戦いがあった——かもしれない。


———————————————————————

あとがき。


長女は実は乙女でした!

アザレアは可愛いのです!

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