第23話 またね

 翌日。


 アザレア姉さんの出立の時間がやってきた。


 家の外には、家族全員が集まっていた。


「アザレアよ。お前の活躍を父として楽しみにしている」


「はい」


 父から言葉をいつもの無表情で受け止めると、最後に僕を一瞥してから振り返る。


 感動のシーンなんてない。別れが辛くなるだけだ。


 呼び止めたい気持ちをグッと抑えて、僕は最後に叫んだ。


「いってらっしゃい! アザレア姉さん!」


 アザレア姉さんはもう振り返らない。


 未練も後悔も断ち切って、まっすぐに村の中心へと向かった。


 これから馬車で王都まで行くのだろう。しばらくは会えない。


 いろいろ言いたいことはあったが、そのすべてを呑みこんだ。


 僕もコスモス姉さんも、窓から見下ろすアルメリア姉さんも……。


 アザレア姉さんの背中が消えるまで、ずっとその場から動かなかった。




 ▼




 アザレア姉さんの見送りが終わる。


 仕事に戻る家族から離れて、僕はひとり森の中に入った。


 歩きなれた道を抜けると、その先には三人の女神がいる。


 手を振る彼女たちに、ぎこちない笑みを返す。


「やあ……みんな」


「元気ないね、ヒーくん……。気持ちはわかるけど、そういう時こそ元気を出さないと。人間は、思い込みと感情だけでも死んじゃうんだよ」


「……うん、わかってる。すぐにテンションを戻すよ。アザレア姉さんと約束したからね。必ず、王都にいくって。落ち込んでばかりいられない」


 パンパン、と両頬を叩いてやる気を出す。


 まだ僕は、【魔力】も【神力】もまともに扱えていないのだ。【呪力】だって残っているし、哀しみを引きずってはいられない。


「いい覚悟ね。そう、嫌なことは体を動かして忘れたほうがいい。どうせ、アザレアとはまた会えるのだから」


「ああ。今日もよろしくお願いします、アルナ!」


 隠しておいた木剣を取り出す。


 アルナもまた、お揃いの木剣を構える。


 全身に淀みなく魔力を流すと、強化した脚力で地面を蹴った。


 アザレア姉さんとの別れもほどほどに、僕の訓練は始まる。




 すべては、幸せと自由を手にいるために。




 ▼




 アザレア姉さんが家を出て三年。


 子供だった僕は、いまだ子供でありながら九歳の誕生日を迎えた。


 体もずいぶん大きくなったと思う。


 扱える【魔力】と【神力】の量も増えた。


 ぼちぼちコントロールが上達した現在。ようやく、カルトからの許可がおりる。


「くすくす。そろそろ、あなた様にわたくしの力——【呪力】を教えてもよい頃かと」


「本当かい!?」


 ある日の朝。


 ここ数年変わらぬ生活を送っていた僕に、集まった三女神のひとり、混沌の女神カルトがそう言った。


 他の女神たちがなにも言わないところを見ると、ギリギリ及第点を貰えた、ということかな。


「ここまで長かった……。ずっと【魔力】と【神力】ばかり三年間も鍛え続けたからね。ようやく、少しは僕の努力が実を結んだのかな?」


「なにそれ~……まるで、お姉ちゃんの【神力】は面白くないって言われてるみたい」


 ぶすっ、と光の女神フーレが頬を膨らませて拗ねる。


 苦笑しながらその台詞を否定した。


「違うよ。フーレの力は立派ですごい。【神力】がなかったら、こんなに早く【魔力】も上達しなかっただろうしね」


 【神力】はあらゆる傷や病を治す。反面、【魔力】とは破壊の力だ。アルナに協力してもらって実戦を繰り返した結果、僕の体はたった一時間でボロボロになる。


 その怪我や疲労を癒してくれる【神力】の影響は本当にデカい。


 正直、【神力】がなかったら、カルトから【呪力】を学ぶ許可をとるまで倍はかかったはずだ。


 素直にフーレに感謝する。


「ふ、ふーん? へぇ? そうなんだ~……。そこまで感謝してるなら、お姉ちゃんも嬉しいなぁ?」


「感謝してるよ。フーレの優しさが込められたこの力は、いずれ僕の人生に必ず必要になる。だれかを救える力っていうのは、それだけで凄いよ!」


「ンッッ!!」


 ベタ褒めする僕。フーレの顔が真っ赤になる。


 彼女は意外と照れ屋さんなのだ。そこがまた可愛い。


 パタパタと顔を扇ぎながら、嬉しそうにニヤニヤと笑う。


 そんな彼女に、隣から鋭い声が届いた。


「——まあ、一番頼りになる力は【魔力】だけどね」


 シーンッッッ!!


 痛いくらいの沈黙が周囲を支配する。


 自らのプライドを刺激されたのか、アルナはかなりエゲツない一言を投下した。


 あれだけ喜んでいたフーレも、顔色が変わる。表情も、笑顔から無になった。


 二人の視線が重なる。


 やがて、沈黙は破られた。


「あはは……本当に、アルナちゃんは面白いなぁ……。なにかにつけて自分アピール? 可愛い可愛い。でも、ちょっと度がすぎるよ?」


「事実、一番使われているのは【魔力】よ」


「…………あは」


「…………ハァ」


 喧嘩が始まった。


 一瞬にして二人の姿が消える。


 遅れて、遠くから轟音が響いた。


 今ごろ、アルナがフーレをサンドバッグにしてる。フーレはアルナを煽りながら何度でも立ち上がる。


 そんなやり取りが、ここ数年何回もおこなわれた。


 今さら僕もカルトも反応しない。


 お互いに見つめ合い、話を進めた。




「くすくす。それでは、これより【呪力】について説明しましょう」

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