第24話 呪力とは

 混沌の女神カルトによる【呪力】の説明が始まった。


「まず、【呪力】について簡単に説明しますね。——【呪力】とは、世界そのものに干渉する力。フーレの癒しや、アルナの強化とは根本的にその性質が異なります」


「世界に干渉する力?」


「ええ。理や法則を無理やり捻じ曲げ、本来はありえない結果を生み出すことができる……それこそが、変化と変質」


 そう言うと、カルトはおもむろに足元に落ちていた石を拾う。


「例えば、こちらは何の変哲もない石ですね。石は硬く、食べることはできません。普通に飲み込むと、体を壊す恐れがあります」


「そうだね」


「しかし、わたくしの力を用いればこの石ころが……ご覧のように、——へと変わりました」


 カルトが握っていた石ころは、瞬きするあいだに変化していた。


 サイズこそ変わっていないが、まぎれもない肉である。


「おぉ……何度見てもおかしな光景だね」


「ふふ。まあ、ここまで規格外の変化や変質をおこなえるのは、世界広しといえどもわたくしくらいでしょう」


「さすがは女神さま。素直に脱帽したよ」


 パチパチと彼女が起こした奇跡に拍手を送る。


「ありがとうございます。ですが、くれぐれも気を付けてください。この力はあらゆる万物を侵す。そこに無機物と有機物の区別はありません。極端な話、己自身の存在すらも変えることができる。ほかの能力に比べ、失敗した際の反動は相当なものです」


「グレン兄さんも、未だに使いこなせていないしね」


「それだけリスクの高い、危険で難しい能力だということ。……まあ、あの愚物は、それ以前に才能が欠如してますが。【呪力】を授かれたのも偶然でしょう」


「辛辣だね」


 三女神の相変わらずな評価にくすりと笑う。


「でも、再三にわたって釘を刺されると、少しだけ制御するのを躊躇しちゃうな。下手したら、僕自身にダメージがありそうだし」


「ご心配なさらず。そのために、わざわざ【魔力】と【神力】を先に学んだのですよ」


「どういうこと?」


「前に言いましたよね? われわれ三人が戦った場合、最強なのはだれか、と。純粋な戦闘能力ではアルナに勝てないと」


「あー……そう言えばずいぶん昔にそんな話をしたね」


「つまり、【魔力】と【神力】のどちらかをまとえば、【呪力】による反動を受けずに済みます。より強い力は、弱い力を防ぎ、呑みこむことができますから」


「そっか……! カルトの力が無制限にすべてを変化させられるなら、当然、アルナにも勝てるわけで……そうじゃないってことは、アルナとフーレには通用しない理由があるんだね!」


「はい。特に【神力】はオススメします。自分で言うのもなんですが、【神力】と【呪力】は相性最悪なので。浄化の作用が働き、呪力は無力化されてしまいます」


「へぇ……じゃあ、【呪力】の訓練には【神力】もあったほうがいいんだね。わかったよ」


 リスク無しで訓練に挑めるなら、神力だろうと魔力だろうと使いこなしてみせる。


 そのための時間は、すでに消費しておいた。


「では、これからあなた様の体に【呪力】を流します。効果を極限まで弱め、変化や変質による影響を消しますが、念には念を入れて、予め【神力】をまとっておいてください」


「了解」


 言われたとおり、カルトに触れられる前に【神力】をまとう。


 何度も練習してきたから、スムーズに全身を温かなエネルギーが巡る。


 準備はOKだと両手を差し出した。


 しかし、それを無視してカルトが僕の体を抱きしめる。


 すごく大きな塊が二つ、前面に当たって気まずかった。


「どうですか? 感じますか? わたくしの力を」


「う、うん。なんだろう……これまでの力と違って、妙な感覚が……」


 魔力も神力も、触れようとすると反発を起こした。一種の抵抗力が生まれるのだ。


 けど、呪力にはそれがない。泥の中に指を押し込むように、ずぶずぶと広がっていき……逆に、制御しずらかった。


「ッ! なんだこれ……ぜんぜん上手く操れない」


「くすくす。それが【呪力】の最初のハードルです。呪力はすべてを受け入れ、すべてを変える。それゆえに、効果を発揮するまではなかなか形になりません。優しく、掬うようにしてください」


「優しく……掬うように……」


 これまでとはまったく違う訓練内容に、【呪力】の操作は難航した。


 第一、僕は同時に【神力】も使っている。ただでさえそちらに意識が割かれるのに、呪力もってなるとかなりキツい。


 だが、これも安全に呪力を学ぶため。


 なぜか抱きしめられたまま、僕はひたすら【呪力】の操作を試みる。




 しばらくすると、呪力を発動する前にフーレたちが帰ってきた。


 アルナはすっきりした顔で。フーレはボロボロの姿で。

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