第31話 ご褒美

 鈍い音を立ててバジリスクの首が落ちる。


 足元に大量の血液が広がり、地面と僕の靴を赤く染めた。


 剣に付いた血を払い、鞘に納める。


「ふう……結構余裕で勝てたね」


 ひと息つくと、三女神たちが戻ってくる。


「お疲れ様~、ヒーくん! すごかったね。本当に強くなった」


「及第点……どころか、完璧よヒスイ」


「くすくす。立派に成長なされましたね、あなた様」


 それぞれフーレ、アルナ、カルトの順番で僕を持ち上げてくれる。


 やや照れくさい気持ちを抑えながらもお礼を告げた。


「ありがとう、みんな。みんなのおかげであんなバケモノも倒せるようになったよ」


「お姉ちゃんたちはただ力を与えただけ。それをどう操るか、どう使うかはヒーくん次第だよ」


「それでも感謝してるんだ。みんなの力がなかったら、僕はきっと才能がなくて絶望していたかもしれない。覚醒が遅くなって、ずっと下を向いていたのかもしれない」


 あの閉鎖的で嫌なことばかり起こる家の中で、ずっと不安に怯えていたのかもしれない。


 彼女たちがくれた力は、そんな不安な未来を容易く吹き飛ばしてくれた。僕に、歩くためのエネルギーをくれたんだ。


 何より、彼女たちの存在は大きい。自分がひとりじゃないとわかったおかげで、アザレア姉さんがいなくなっても寂しくなかったし、コスモス姉さんがいなくなっても耐えられた。


 全部全部、みんなのおかげなのだ。それを感謝しないと、それこそ女神さまに怒られてしまう。


「前を向いて歩けたのは、前を向いて笑えるのは、やっぱり三人のおかげなんだ」


 これまでの気持ちが爆発する。こみ上げる気持ちのままに微笑む。


 すると、それを見た三人の女神たちの顔が赤くなった。


 アルナは顔を逸らし、フーレは瞳を輝かせ、カルトは恍惚の表情を浮かべる。


「ふ、ふん……そう、なの。ヒスイが嬉しいのなら、わ、私も嬉しいわ……ええ」


 どこかツンツンしきれない声でアルナが。


「ヒーくんが褒めてくれた! ヒーくんが褒めてくれた~」


 玩具でも与えられたかのように楽しげにフーレが。


「くすくす……この昂ぶる気持ちを抑えるには……くすくす」


 なぜか背筋に悪寒が走るほどの声でカルトが。


 それぞれの女神が、感想を口にする。


「ま、まあヒスイも頑張ったしね。少しくらいはご褒美をあげないといけないわ。決して私がしたいとかそういうわけじゃないけど、飴が大事だってヒスイも言ってたし」


「なにそれ。アルナちゃんいやらしい」


「——殺すわよ」


 鋭い殺気がフーレに向けられる。


 即座に彼女は謝った。ぺこぺこともう平謝り状態だ。


 「ごほん」とアルナが咳払いを一回。話を続けた。


「ごほん。まったく……フーレの馬鹿は置いておくとして、ご褒美の話よご褒美」


「具体的になにを貰えるの? みんなから貰えるものならなんでも嬉しいけど」


 僕がそう言うと、アルナはさらに頬を赤くしながらもこちらにやってくる。


 サクサクと雑草を踏み越えて、僕の前に立った。


 アルナは小さい。前世でいう小中学生くらいの背丈だ。外見も幼く、まだ十四歳の僕より小さい。


 そんな彼女を見下ろしていると、遅れてアルナの紫色の瞳が僕の視線と重なる。


 数秒ほど置いて、彼女はふわりとその場で浮かんだ。僕との距離を縮める。


 お互いの距離がゼロになった。彼女の顔が目の前にある。目の前にあるっていうか——。




 キスされた。




 キス。チュウ。接吻。呼び方はいくつかあるけれど、唇を重ねる行為に変わりはない。頬ではなく、唇を奪われた。


 驚愕に目を見開く。アルナの背後では、女神フーレと女神カルトも同様に目を見開いていた。


 少しして、アルナが口を離す。


「ん。ご褒美。これでまたヒスイは頑張れるかしら?」


「……えっと、その……はい」


 どう答えていいかわからず、無難な返事が口から漏れる。


 それが静寂を切り裂いた。女神たちが声を張り上げる。


「ちょ、ちょっとアルナちゃん!? なに急にヒーくんの唇奪ってるの!? 羨ましいよ!」


「ズルいズルいズルいズルいズルい。どうしてあなたがそんな……ズルいズルいズルいズルいズルい」


 女神フーレがきぃきぃと叫び、隣で虚ろな目をした女神カルトが呪詛を呟く。


 しかし、当の本人はケロっとした表情で言った。


「そんなに羨ましいなら、二人もすればいいじゃない。私たちは平等よ。私がしたなら二人もする。そういう関係でしょう?」


「「——っっ」」


 その手があったか! と言わんばかりに二人の頭上に雷が落ちる。


 あ、あの……僕の意思は? 当然ありませんよね、わかります。


 ジリジリとにじり寄ってくる二人の女神を前に、僕はいろいろ諦めた。彼女たちと口付けを交わすのは、別に嫌でもなかったし。

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