第30話 圧勝

 巨大な怪物——【バジリスク】とやらに襲われていた男女を助けた僕は、急いで吹き飛ばしたバジリスクのもとへと向かう。


 メキメキと周囲の木々をなぎ倒しながら進む魔獣が、苛立ちのような感情を浮かべて僕を睨んだ。


 完全にこちらをターゲットにしているらしい。


「相変わらず魔獣って嫌ね……知性の欠片もない。ヒスイに勝てるとでも思っているのかしら? さっきの攻撃で、お互いの力量差はわかっているでしょうに」


 見上げるほどデカいトカゲを仰いで、女神アルナが苦言を述べる。


 それに他の女神も同意を示した。


「そうだよねぇ。魔物であろうと生き物だからちょっとだけ可哀想だけど~……ヒーくんの前に立つなら、もれなく殺さないといけないね」


「くすくす……愚かな獣に慈悲など必要ありません。サクっと我々が仕留めてご覧に入れましょうか?」


「ううん。自分がどこまで戦えるのか確かめたいし、ここは僕が相手をするよ。いつまでもみんなに頼りきりっていうのも悪いし」


 そう言って僕は剣を構える。


 全身に行き渡らせた魔力は十分に機能している。物理攻撃が通るなら問題ない。


「あなた様は努力家ですね。なにもそこまで急がなくてもいいのに……」


「それがヒーくんの良さってやつだよ! 私たちはのんびり眺めていよっ」


「賛成ね。あの程度の雑魚ならヒスイでも余裕よ。頑張ってね」


 カルトが、フーレが、アルナが少しだけ僕から距離を取る。邪魔しないように離れて応援してくれる。


 そのことに感謝を伝えつつ、先にバジリスクのほうが動いた。


 地面を振動させながら走ってくる。あれだけ大きな体が凄いスピードで突進してきた。


 このまま僕を轢き殺すつもりかな?


 そうは問屋がおろさない。


 すぐ目の前に迫った相手の突進を余裕でかわし、横っ面に剣を叩き込む。


 拳よりは感触の悪い音が響いた。


 しかし、バジリスクの皮膚が切り裂かれ、夥しいほどの血が流れる。


「——————!!」


 バジリスクの絶叫が響く。


 耳をつんざくほどの叫びだが、【神力】を覚えた僕には効かない。


 続けてもう一度、剣を振るう。


 だが、それより先にバジリスクの右手が届いた。払うように僕を攻撃する。


 剣を途中で止めて上に飛んだ。バジリスクの体を蹴ってさらに跳躍する。


「剣っていうのも、味気ないよね」


 せっかくの大物だ。たまには魔力以外の手段で攻撃したいし倒したい。


 そう考えた僕は、普段は防御と治癒にしか使っていない神力の光を手元に集める。


 【神力】は癒しの力だ。あらゆる生命を治し、あらゆる存在を戻す。


 けれど神力が秘める力はそれだけじゃない。もちろんこの力で攻撃することもできる。


 魔力や呪力のような殺傷性や破壊力こそ望めないが、それでも特にモンスターには、神力を宿した光は効くらしい。


 手元に集めた小さな光を光線のように照射した。


 この光には浄化の作用も入っている。悪しき存在である魔物は、この光に触れると焼けるようなダメージを受ける。


 相当量の神力を込めたからか、直撃したバジリスクから再び悲鳴のようなものが漏れる。


 見ると、バジリスクの背中に大きな火傷の痕が残っていた。


「ふうん……結構硬いね」


 バジリスクの背中に着地する。やや下から熱を感じた。肉が焦げる嫌な臭いもする。


 しかし、バジリスクの背中を貫くことも、その強靭な鱗を剥がすこともできなかった。


 想像以上に耐久力があるらしい。


「——だったら」


 次は【呪力】だ。女神カルトの力で、自分の頭上に巨大な大岩を生み出す。


 これはただ単に呪力を岩に変化させたもの。性質も岩のそれなので非常に硬いし重い。


 質量による攻撃ならさらにダメージを与えられるだろう。制御を解除し、そのまま落とそうとする。


 が、それより先にバジリスクがこちらを見た。憎しみに歪んだ瞳が、ひときわ大きく輝く。


 続けて、紫色の光が俺の視界を照らした。




 …………ん?


 特に何も起こらない。


 バジリスクの謎の攻撃に困惑していると、下のほうから女神フーレの声が聞こえた。


「いまのがバジリスクの持つ【石化の魔眼】だよー! 本当は体が石になっちゃうんだけど、強い神力で守られているヒーくんには効かないねー!」


「……なるほど。いまのが石化。あの騎士たちにも使っていた技か」


 便利な能力だが、あいにくと神力で簡単に防御できる程度の力らしい。


 バジリスクも困惑していた。平然としている僕を見て。


「じゃあ、まあ……さよならってことで」


 容赦なく岩を落とす。


 バジリスクは逃げようとするが、呪力を操って地面から棘を生やす。その棘がバジリスクの動きを封じ、わずかに移動を阻害して——。


 岩がバジリスクの体を押し潰した。


 直前にバジリスクの背中から離脱していた僕は、ゆっくりと倒れる魔物の顔のそばに寄る。


 まだバジリスクは生きていた。苦しそうな声をあげてこちらを睨む。


「悪いけど、そんな目で見ても見逃さないよ。さんざん人を襲ったんだろ? 最後くらいは潔く逝こう」


 剣を振り上げる。


 膨大な量の魔力を注ぎ込み、全力の一撃を放った。

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