第29話 災厄の魔獣

「きゃあぁあああああ————!!」


 遠くから女性の叫び声が聞こえた。


 びくりと肩を震わせて周囲を見渡す。


「いまのは……」


「少し遠くに誰かがいるね~。この感じは……大きな魔獣に襲われているっぽい」


「どうしてこんな森の中に……」


 ここはクレマチスと隣の子爵領の境だ。ほとんど人が来ることはない。


 ひとまず誰かが魔獣に襲われているのなら、それを見逃すわけにはいかなかった。


 足に魔力を流して脚力を強化すると、急いで声のしたほうへと駆ける。


 ぐるぐると目まぐるしく移り変わる景色を横目に、木々の隙間を越えて現場へと向かった。




 ▼




 魔獣のもとへは一瞬で着いた。


 途中、とてつもない咆哮が聞こえたのですぐにわかった。


 視線の先に、恐ろしく巨大なバケモノが佇む。これまでに一度も見たことのない魔獣だ。


「コイツは……なんだ?」


 全長二十メートルを優に超すバケモノだ。ちろちろと長い舌を出し入れする様子は、まるで前世で見たトカゲ。


 鱗もあるし四足歩行だ。でも、サイズは何十、何百倍もある。


「珍しい魔獣と出会えたねぇ。あれは世間だと、【バジリスク】って呼ばれる魔獣だよ」


「バジリスク?」


 僕の疑問に答えてくれたのは、桃色髪の少女フーレ。僕と同じように金色の瞳で魔獣を見上げる。


「そ、バジリスク。あらゆる万物を石化させる呪いを持ったトカゲ。人間にとっては災厄そのものだね。街ひとつくらいなら簡単に滅ぼせるんじゃないかな?」


「なっ——!?」


 そんなバケモノがなんでウチのそばにいるんだよ!


 魔王を倒しに旅立った勇者の前に、いきなり魔王幹部が現れるくらいのクソゲーじゃないか!


 内心で前世の話を交えながら文句を垂れる。そこへ、先ほどの悲鳴の主と思われる女性の声が響く。


「だ、ダメよ! あなたたちだけでも逃げて! 私のワガママに付き合って死なないで!」


「そのお願いだけは聞けませんね……。我々はお嬢様を守る剣であり盾。この身を焼かれようとも守るのが役目です」


「それに、俺の腕を見てくださいよ。この出血量じゃまず助からない。動けるうちに、お嬢様の役に立ちたいんです」


 女性の涙声に、そばにいた二人の男性騎士が小さく笑う。


 見ると、片方の男性は腕を失っていた。右手がごっそりと削られ、そこからポタポタと血が流れている。


 痛みを必死に我慢しながら後ろの女性に笑っていたのだ。


 なんとなく、状況はわかった。


「どうするの、ヒーくん。やっぱり助ける? ちょっとだけ強いよ、そいつ」


 ちらりと女神フーレが僕を見る。後ろから女神アルナと女神カルトの視線も突き刺さった。


「もちろん助けるよ。僕が得た力は、僕自身の幸せと……誰かを守るためにあるんだからね」


 ここで彼女たちを見捨てて家に帰ったら、僕はアザレア姉さんやコスモス姉さんたちに顔を合わせられない。


 のうのうと誰かを見捨てて生きてることに耐えられない。


 それならいっそ、相手が強くても戦う道を選ぶ。




 腰に下げた鞘から剣を抜く。全身に魔力をまとい、強化された足で地を蹴った。


 ほんの一瞬でバジリスクの懐に入る。すでにバジリスクは攻撃のモーションに入っていた。


 いま斬ると、最悪、勢いを殺せず少女たちが犠牲になるかもしれない。


 選ぶべき選択肢は、剣ではなく——蹴り!


 衝撃を衝撃で横から吹き飛ばすという筋肉理論を展開し、バジリスクの爪が少女たちを捉えるまえにその横っ腹を全力で蹴り飛ばした。


 ここ数年で鍛え上げられた僕の一撃は、自分の何十倍もの巨躯を軽々と遠方へ吹き飛ばす。


 木々をなぎ倒し、轟音を立ててバジリスクが地面を削っていく。


 それを一瞥することもなく、すぐに僕は騎士たちのもとへと向かった。


 急に現れた僕に、彼らの目付きが鋭くなる。


 つい先ほどまでは呆然とこちらを見上げていたが、主人を守るために叫んだ。


「き、貴様! 何者だ!」


「怪しいものじゃありませんよ。ただの旅人です。近くを歩いていたら皆さんの声が聞こえたので、様子を見に来ました。それより、腕を見せて」


「な、なに?」


 適当な僕の設定を聞いて、「こんな所に旅人なんているはずがない」みたいな顔を浮かべる男性騎士。


 さっさと治療しないと死ぬし、蹴り飛ばしたバジリスクが戻ってくるかもしれない。


 彼らの疑問を無視して膝を突くと、片腕を失った騎士に手をかざす。


 そして、神力を練りあげる。


 一箇所に膨大な量の神力を集めると、次第にそこへイメージを加えて——。


 メキメキメキ、という音を立てて男の腕を再生させた。


 痛覚は遮断しておいた。そうしないと死ぬほど痛い。


 目の前で行われた奇跡の光景に、その場の誰もが目を見開いて絶句する。


 男なんて何度も瞬きしながら自分の腕を見つめていた。




 とりあえずこれでよし。あとは……。


 遠くで木々を押し倒す音が聞こえる。


 もう立ち上がってきたのか。


 僕も立ち上がり、今度はバジリスクのもとへと向かった。


———————————————————————

あとがき。


普通の魔力使いはバジリスクを蹴り飛ばせないし、普通の神力使いは腕を生やすこともできない

(才能あって頑張ればそこまで強くなれるかも)

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