第13話 クリティカルヒット

 クタクタになりながらも【神力】の訓練が再開される。


 と言っても、【神力】は基本的に癒しの力だ。怪我を負っていないと訓練のしようがない。


 そこで、フーレほどではないが自分の体を傷つける必要があった。


 最初、少しくらいなら自傷してもいいかな? と思った僕を、女神たち三人が止める。


 曰く、「ヒスイが私たちを心配するのと同じ理由よ」とのことで、そう言われると僕はなにも言い返せなかった。


 結局、アルナの剣術訓練が激しさを増し、それで負った怪我を【神力】で治すことにした。


 ……自分でつける分にはいいんだ、傷。


 よくわからないアルナたちの線引きに、僕は納得できなかった。




「ヒーくん、もっと集中しないとダメだよ。これまで大雑把な【魔力】の操作しかしてこなかったけど、【神力】をより効率的に使うにはしっかり狙いを定めないと! エネルギーを一点に集めるんだよー!」


「う、うん……。わかってるけど、やっぱり難しいね……」


 これまではアルナに教わった【魔力】を体全体に巡らせていた。それにより、僕はさまざまな身体能力を強化する。


 だが、【神力】は魔力以上に繊細な操作能力が求められた。足を怪我してるのに、腕や頭、胴体にまでエネルギーを回す必要はないだろ? って話。


 それでも成立する【魔力】とはぜんぜん運用が異なる。


 かといって、一点に【神力】を集中させると、これまでの比じゃない抵抗力がかかる。


 まるで手術中に、両腕をゴム製の紐で縛られているかのごとく。


 ……まあ、手術なんてしたことないけど。


 要するに、中途半端な操作能力では、集めた【神力】が霧散してしまう。


 これはかなりの集中力が必要だ。


「えっとねぇ……そこはもっと広げたほうが効率いいかな? 少しずつ範囲を絞っていこうね。大丈夫! 先に【魔力】を教わってたから、すごく上手だよ!」


「あはは……ありがとう、フーレ。できるだけ早く、【神力】を習得したいな」


「あら。私のときより熱心ね。そんなに【神力】が学びたかったの?」


 アルナの声には棘があった。


 僕はやや恥ずかしい気持ちを抑えて答える。


「そ、その……気恥ずかしいんだけど、【神力】って怪我とか病気とかを治せるでしょ?」


「ん? そうだね。覚えておくと便利だよ」


 フーレがそう言って、僕が続ける。


「うん。だから、この力があったら……もしもの時は、僕がみんなを助けられるかなって」


「「「え」」」


 僕以外の全員が目を見開く。


 ポカーンとした表情で僕を凝視した。


 少しして、アルナが回復する。


「もしかして……私たちのために、【神力】を覚えたかったの?」


「は、はい……」


 ストレートに訊かれるとさすがにヤバい。顔が真っ赤になる。


 だが、羞恥心を覚えた僕とは裏腹に、三女神たちは距離をとって離れた。


 固まってこそこそ内緒話をする。




 ▼




「ね、ねぇ……いまの、聞いた?」


 真っ先にアルナが確認をとる。


 フーレとカルトが同時に頷いた。


「うん……ヤバかったよね!? なにあれ。ヒーくんがカッコよすぎて辛いよぉ……」


「たいへんです、たいへんです! わたくし、興奮して思わず下半身が——」


「静かにしなさい。気持ちはわかるけど、ヒスイに聞こえるわよ。特にカルト。あなたの発言は子供に聞かせる内容じゃない。自重しなさい」


「……あれ? でもヒーくんって中身は大人だよね? 転生者って話だし」


「あらあら。でしたら、なにも問題はないのでは?」


「常識的な部分で問題があるでしょ! いいから、しばらく口を閉じるか自重しなさい」


 興奮冷めやらぬカルトにアルナが釘を刺す。


 なぜかフーレも残念そうに口を尖らせていた。


「いま大事なのは……ヒスイがヤバいってことよ」


 真顔でアルナが話を続ける。わずかに頬が赤かった。


「最初は興味本意で近付いただけだったのにねぇ。あの整った顔に、優しい心……あ~! 誰でも心を奪われちゃうよ~!」


 きゃー、と声を抑えながらも黄色い声を出すフーレ。


 くねくねと気味の悪い動きをする。


「そうですね。わたくしも意外でした。まさか人間ですらない我々が、ひとりの少年に惚れるとは……。くすくす。人生、なにがあるかわかりません」


「今一度あらためる必要がありそうね。今後、必ずヒスイを幸せにすると」


「なに言ってるのアルナちゃん! お姉ちゃんたちも幸せにならなきゃ!」


「ええ。ええ。フーレの言うとおり。ですが、アルナもまた正しい。ヒスイの幸せこそ我々の幸せなのだから」


 カルトは恍惚を浮かべる。やや狂気的な色が混ざっているのは、彼女の性質ゆえだろう。


 しかし、誰もそれを咎めないし気にしない。


 揃って頷くと、三女神は心に誓った。


 ヒスイに害を成す輩は容赦しない、と。











「——というわけで、やっぱりあの男たちは殺したほうがいいと思うなぁ」


「賛成。ヒスイの兄であって我々には関係ない。そして、生きる価値もない」


「くすくす。わたくしから漏れ出た一端とはいえ、【呪力】に適合したのは許せませんね……。せめて、その力をヒスイのために使っていれば、ギリギリ生存を認められたのに……」


「でもダメなんだよねぇ……。アレを殺したら、ヒーくんにも迷惑かかっちゃうし」


「……ヒスイは、きっと気にする。歯痒いわね」


 女神たちの雑談は続く。


 取り残されたヒスイは、しかし彼女たちの邪魔をするわけにもいかず、ひとり静かに訓練を再開するのだった。

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