第12話 神力とは

 アザレア姉さんと久しぶりに話した日から、さらに月日は巡る。


 気が付けば秋は過ぎて冬がやってきた。


「は~い! ではでは~、フーレお姉ちゃんによる【神力】のお勉強を始めますよ~!」


「よろしくお願いします、フーレ」


 寒空の下、僕たちは自宅から離れた森の中に集まっていた。


 アルナから【魔力】を学んで数ヶ月。いまではスムーズに魔力を操ることができる。


 その間に何体もの魔物を倒し、着実に僕は強くなっていった。




 ——ということで、今日は。


 すべての能力の中でもっとも安全と言われる【神力】の訓練をはじめる。


 一番安全なら一番最初にやるべきだったのでは? という僕の疑問に、アルナは淡々と「最初は身を守る力が一番よ。それに、私の【魔力】の影響でヒスイは丈夫だから。ちょっとくらい無理しても平気」と返した。


 実にスパルタな意見で僕は笑えない。


 ただ、ようやく二つ目の力だ。


 こればっかりは心まで子供に戻ってしまう。


「えー、まず、【神力】とはなにか。お姉ちゃんが司る癒しの力だね! 【神力】は万物を再生し、不浄を消し去る聖なる力なんだよ~。えっへん。お姉ちゃんによく似合ってるでしょ? それほどでもあるなぁ!」


 勝手に自慢して勝手に照れてる。


 厳しいアルナと違ってなんとマイペースなことか。


 たまらずアルナが口を挟む。


「時間がもったいない。早く進めて」


「アルナちゃんひどーい……。もう、仕方ないなぁ……」


 頬を膨らませながらも、アルナに睨まれたので話を進める。


「じゃあアルナちゃんが怖いから、早速、【神力】を使うね。しっかりお姉ちゃんの力を感じてよ?」


 そう言うと、フーレは僕の顔を自らの胸元に引き寄せる。


 ——あれ? 触れるだけじゃだめなの?


「ふ、フーレ? さすがに近すぎない?」


「そんなことありませーん。いいから黙ってお姉ちゃんの力を意識しましょう」


「……」


 文句は軽く受け流された。


 そして、【魔力】とは異なるエネルギーが僕の体内に入ってくる。


 これが……【神力】?


 あきらかに魔力とは違う。力強さというか、膨大なエネルギーを感じる魔力に比べ、【神力】は温かい。木漏れ日の下にいるみたいだ。


「どう? なにか解った?」


「うん、一応。まずはどうしたらいいかな?」


「ん~……。やっぱり【神力】の真骨頂は癒しにあるの。だから、治癒術を学びましょう!」


「治癒術?」


「傷を治したり、手足を生やしたりする力だよ。慣れれば臓器だって再生できる!」


「す、すごいね……。フーレが不死身の理由はそれか」


「うんうん。そういうわけで……アルナちゃん、ちょっと手伝って~」


 近くで僕たちを見守っていたアルナを呼ぶ。


「スパッとお願いね、スパッと」


「了解」


「?」


 これから何をするんだろう。


 鞘から剣を抜いてアルナが振り上げる。


 すると、反対にフーレは無防備に腕を横に伸ばした。




 ——まさか!


 最悪の答えに思考が行き着く。


 その直後。


 ——スパッ。


 ゾッとするほどあっさりと、アルナがフーレの腕を斬った。


 血が飛び出す。


 肘から前、フーレの手が地面に落ちた。


「あ、アルナ!? なにを……!」


 慌てて僕がフーレに近付く。


 しかし、彼女は痛みなどまったく感じていないのか、ケロっとした表情で言った。


「平気だよ~、ヒーくん。ほら、もう治った」


「え?」


 スッと差し出されたフーレの手。


 先ほど斬られたはずなのに……もう再生していた。


「い、いつの間に……」


「お姉ちゃんくらいになると一瞬だよ一瞬。ほんとはすごーい激痛なんだけど、【神力】を極めれば痛覚だって操作できる。えへへ。便利な力でしょ~?」


 褒めて褒めて、と彼女は笑う。




 だが、僕は怒った。


「——だ、だとしても! あんな真似……もう二度としないでくれ!!」


「ひ、ヒーくん? どうしたの? なんで、そんなに怒ってるの……?」


 あわあわとフーレが焦る。


 アルナもカルトも首を傾げていた。


 嫌な空気が漂う。それでも僕は止まらない。


 再生したフーレの手を優しく取って、わずかに涙を流した。


「僕はフーレが大好きだ! 大切だ。家族だと思ってる。フーレたちがいなくなったら、きっと僕は耐えられない! 辛い日々を支えてくれたのは、助けてくれたのは……みんなだろう!? だから、あんな真似はしないでくれ……。たとえフーレたちが無事でも、僕は見たくないんだ! 君たちが傷付く姿なんて……!」


 男らしいプライドなんて捨てて、僕は感情に訴える。


 出会って一年も経っていないのに、すでに僕の中ではフーレたちは大きな存在になっていた。


 失いたくない。素直にそう思った。


 カッコ悪いな。僕。


「ヒーくん……ッ——!」


 涙を止めると、フーレに抱きしめられる。


 胸に顔が埋まった。


「むぐっ!? ふ、フーレ? ちょっと苦しい……」


「もーもーも~! ヒーくんってばどこまでカッコイイの!? 可愛いの!? 好き~~~~!!」


「いまのは……正直、くるのものがあったわね。私も、好きよ?」


「……ぁぁ。体が喜びで震えます! 火照り、疼く……!」


 他の女神たちも一様に僕のもとへ殺到する。


 普段は冷静で落ち着いてるアルナまでこちらに迫った。


 おかげで、三人の女性にもみくちゃにされた僕は……その後、しばらく訓練を再開することができなかった。




 あれ~? こんなはずでは……。

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