第11話 長女アザレア
「グレン兄さん……」
帰宅早々に嫌な人に会った。
「よう、ヒスイ。今日も外でお遊びか? 相変わらず気楽なようで羨ましいぜ」
「僕たちはさっき、村を回っていろいろ村民たちから聞き取りをして疲れてるってのにね」
ネチネチネチネチ。
同じようなことしか言えないのか、コイツらは。
けど我慢しなきゃ。
彼らに暴力を振るえば僕が怒られる。
たとえ【魔力】があっても、子供である以上は両親に逆らえない。
それに、【魔力】を持ってることがバレたら大変だ。グレン兄さんはともかく、ミハイル兄さんを押しのけて僕が当主のスペアに据えられる。
それだけは断固として阻止せねば。
悔しい気持ちを堪えて苦笑いを浮かべた。あくまで僕は、役に立たないごく潰しを演じなきゃいけない。
「チッ。いっつも笑ってばっかで面白くねぇな、コイツ」
「まだ子供だからね。兄さんの言ってることの意味も理解できちゃいないよ」
「それもそうか。けど、子供だからって甘やかしすぎるのはよくねぇ。今日はムカつくこともあったし、コスモスがいない内に……!」
兄グレンがそう言いながら近付いてくる。
袖をまくり、拳を振り上げた。
——ああ、殴られる。
魔力を巡らせて頭を守った。
しかし、兄グレンの拳が落ちるより先に、彼らの背後から声が届いた。
冷たく、鋭い声が。
「——なにをしているの?」
びくり、と全員の体が震えた。
僕まで強張る。
正面、二階へ続く階段から下りてきた女性に、僕もグレンもミハイルも視線を向けた。
兄グレンが彼女の名前を呟く。
「……あ、アザレア姉さん」
名前を呼ばれた茶髪の女性——アザレアは、無感情な顔で僕たちを見つめる。
焦るグレンを無視して淡々と告げた。
「聞こえなかったの? そこで、なにを、しているの?」
「ッ! い、いや……ちょっとヒスイと喋ってただけだよ。そんな怖い顔しないでくれって」
「へぇ……。私の目には、あなたがヒスイを叩こうとしたように見えたけど?」
長女アザレアから発せられる圧が増した。
僕を助けてくれているのだろう。にも関わらず、僕まで緊張を強いられる。
「あ、はは……。誤解だよアザレア姉さん。本当に僕たちはただ喋ってただけさ。ね、グレン兄さん! そろそろ食事の時間だし、僕たちは先に行くよ! さあ!」
「お、おう……!」
次男ミハイルに背中を押され、兄たちは玄関ホールから消えていった。
残された僕とアザレア姉さん。
彼女は彫刻みたいな表情のままこちらに近付いてくる。
距離が縮まるほどに僕の居心地は悪くなった。
この人は、なんていうか……めちゃくちゃ怖い。威圧感が兄たちとは桁違いなのだ。
加えて表情も真顔がデフォ。希少な【魔力】を覚醒させたこともあって、その発言力は家庭内において非常に高い。
ぶっちゃけ、長男はともかく次男のミハイルより優先される。
「ヒスイ……」
アザレア姉さんが目の前で止まった。
膝を折って目線を合わせてくれる。
「また、グレンたちに虐められていたのね……。ごめんなさい。グレンが【呪力】にさえ目覚めなければ……。あんな連中簡単にころ……潰せたのに」
「う、ううん! いいんだ。ありがとう、姉さん。いくら姉さんでも、次期当主である兄さんには手が出せない。声をかけてくれただけでも嬉しいよ」
「……そう。そう、かしら」
一瞬、長女アザレアは瞳を伏せる。
次に顔を上げた時には、わずかに宿っていた憂いは消えた。
彼女は怖い。それはもう怖い。女神アルナによく似てるからこそ怖い。
けど、それでも家族想いのいい人だ。グレンが【呪力】さえ持っていなければ、きっと姉さんが家督を継いでいたに違いない。
僕としてはそうなってほしいけど、そのためにグレンを害する気持ちはない。
姉さんのことだ。きっと自分なりの道を探すだろう。
頭を撫でてくれるアザレア姉さんに改めて感謝を告げる。その後は、一緒に食堂まで歩いていった。
「判決」
「ギリギリ手は出さなかったから、死刑! 死刑だよ死刑!」
「くすくす……。殺しましょう」
「満場一致ね」
「いやみんな、ダメだからね!?」
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