第56話 十分な才能
ノースホール王立学園の見学後。
今後の方針……というか、アルメリア姉さんを王都に連れていく計画を進めながら、数日。
のんびり国王陛下に与えられた屋敷の中で過ごしていた僕のもとに、一通の手紙が送られてきた。
送り主は、〝リコリス侯爵令嬢〟。ローズだ。
手紙を見ると、侯爵邸への招待状だった。
「なになに……『神力の訓練にお付き合い願えるでしょうか』、ローズより」
メッセージ自体は非常に短く簡素だった。が、僕にはそれだけの理由で十分だ。
支度を済ませ、馬車を使ってリコリス侯爵邸へと赴く。
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「いらっしゃいませ、ヒスイさま」
リコリス侯爵邸に到着すると、正面扉の前にローズが立っていた。
ゆっくり彼女のもとへ歩み寄ると、礼儀正しく一礼してから挨拶を返す。
「この度は、侯爵家への招待、まことにありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいりませんよ。わたしと男爵の仲でしょう?」
「あはは。そう言ってもらえると助かりますね。自分でやってて背筋が凍りそうになりました」
ぶるぶる、とわざとらしく体を震わせてみると、それを見たローズがくすくすと笑った。
最初の掴みは悪くないな。お互いにわずかな緊張もほぐれただろう。
ローズの案内で、侯爵邸に入る。
「相変わらず見事な内装ですね。もの珍しい骨董品が山のようにある」
侯爵邸に入ると、目に付くのは整えられた内装。
一週間ほど前まで、この屋敷で自分が過ごしていたとは思えないくらいの派手さだ。
「貴族の嗜みです。いずれヒスイさまにも必要になってきますよ」
「急に貴族になったからお金が、ねぇ」
「あら、ヒスイ男爵には国王陛下から援助金が出ます。遠慮なさらずお使いください」
歩きながらローズにそう言われるが、他人から借りるお金ほど怖いものはない。
たとえ返さなくていいと言われても、僕の心には一生の記憶として刻まれるのだ。
今後の関係にヒビが入りかねない。ただでさえ、アルメリア姉さんの件でお世話になるっていうのに。
そんないやーな思考を巡らせているあいだに、彼女の家の裏庭に通された。
意外とスペースがあって物も少ない。たしかにここなら、練習にはもってこいだね。
「ではヒスイさま。神力のご教授、よろしくお願いします」
僕と彼女の個人授業が始まった。
▼
アルメリア姉さんに仕事を与え、国王陛下の臣下にする計画を、リコリス侯爵に頼み、その対価として娘のローズに神力を教える。
そのために今日、彼女の家に足を運んだ。
しかし、
「十分に神力の操作が上手いですよ、ローズ嬢は」
お願いされた神力の授業、これ必要あるのかな?
まだ十五歳であることを考慮すると、彼女は十分に神力を扱えていた。
僕は女神フーレから、直接彼女の力をもらっている。地力からして違うわけだが、それを差し引いてもかなりの腕前だ。
痛覚を遮断して多少自分の身体に傷を付けると、すぐに彼女はそれを癒した。
軽傷であれば即座に治療できるくらいには、神力の制御および、操作能力が高い。
これなら順調に才能を伸ばしていけると思う。
実際フーレも、
『結構やる』
的なことを呟いていた。
なんていうか、彼女は器用なんだ。器用だからこそ、ぐんぐん伸びるスタートダッシュ型の人間を見て落ち込んだのだろう。
彼女にはしっかり才能がある。それを認め、ゆっくりと伸ばしていけば、この王国でも上位の力を手に出来るはずだ。
「う、上手いですか? えへへ。でも、最近はまったく上達できていなくて……」
「それは壁にぶつかっているのではなく、壁をゆっくりと登っているからですよ。あと半年か一年もすれば、一気にローズ嬢の才能は開花します」
「本当ですか?」
「ええ。断言するのはあまり好きではありませんが、少なくとも伸びるという確証はあります」
「わぁ……! あ、ありがとうございます! やっぱりヒスイさまに見てもらってよかったぁ」
両手を合わせて祈るように感謝を告げるローズ。
喜んでもらえて何よりだ。彼女の才能は、きっと神力を持つ者の中でも悪くない。
もっと自信を持てばいいのに。
「——あ、そうだ。せっかくですし、ヒスイさまの神力も見せていただけませんか? 前に見たあの輝きをまた」
「僕の、ですか? 構いませんよ」
どうせ減るものでもないからね。
手のひらに神力を集める。
神力は癒しと浄化を司る。それが光という形で現れるのだ。
凝縮された浄化の光が、神々しく僕の手のひらで輝く。
あたり一帯を眩しく照らし、徐々にその明るさを失っていった。
「すごい……やっぱり、ヒスイさまの神力は、これまで見たどの光よりも強いです!」
「ありがとうございます」
女神フーレと同じ力だ、そういう反応にもなる。
出力は彼女とは桁違いに低いが、少なくとも一般的な神力使いよりは高いだろう。
改めて、だれかに評価されると、自分の得た力が偉大なのだと解る。
同時に、女神たちへの感謝と尊敬が募る。
こうしてここに立っていられるのは、すべて彼女たちのおかげだからね。
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