第57話 リコリス侯爵は知りたい

 リコリス侯爵邸にやって来たヒスイは、そこでローズに、神力の操り方を教える。


 と言っても、すでにローズは一定ラインの神力の操作および制御ができていた。


 四肢の欠損、痛覚の遮断などができるヒスイに比べればささやかなレベルだが、それでも彼女は傷の治療が行える。


 十五歳という若さを考慮すれば、なんら恥ずべき点ではないとヒスイは思った。


 神力を生み出した光の女神フーレも、


『ローズちゃんは頑張ってるねぇ』


 と呟くくらいだ。決して彼女は、同年代の中で劣っている部類には入らない。


 ずっともやもやとした感情を胸に秘めていたであろう彼女は、ヒスイに褒められると、ようやく本来の明るい表情を取り戻した。




 ——そんな二人の様子を、二階の窓から見下ろしていた人物がいる。


 リコリス侯爵その人だ。


 後ろに控える執事に向かって口を開く。


「見えるか、トマス。あれが国王陛下にも認められた少年の力だ」


「あれは……お嬢様と同じ〝神力〟ですね。光の大きさが桁違いのように見えますが」


 窓越しにぴかぴかと二階まで届くヒスイの神力。それを目の当たりにして、侯爵だけではなく、執事の男性トマスすら目を疑った。


 まるでその光景は、過去に何度か見た大神殿の枢機卿にも匹敵するほどだ。


 トマスの反応に、侯爵はこくりと頷く。


「うむ。まだ娘より年下だというのに、あれほどの洗練された神力をどうやって……いや、そもそもが異なる。彼の、ヒスイの神力はローズのものより濃いようにすら見える」


「濃い?」


 意味がわからず、トマスが首を傾げた。


 表現として多い、少ないが使われることはあっても、薄い、濃いなどとはあまり聞かない。


「上手く表現はできないが、ローズの神力より光の濃度が強い気がする。私の見間違いである可能性は高いが、もしかすると……彼の神力は他の者より優れているのかもしれないな。保有する神力の量が多いだけでなく」


「それはつまり……ヒスイさまの能力が、お嬢様どころか枢機卿すらも凌駕すると?」


「まだ解らない。その可能性があるというだけだ。だからこそ陛下は、ヒスイ男爵をこの国に留めるべく、あれだけの褒美を与えたのだろう。だが、気になる点はほかにもある」


 ややリコリス侯爵の視線が鋭くなった。


 睨むようにして光の中心、ヒスイを見つめる。


「彼はローズを助けるためにバジリスクと戦ったらしいが、その時、ローズはたしかに言った。バジリスクをと」


「バジリスクを蹴り飛ばす……!? それはまるで……」


「ああ。お前が想像したとおりだ。そんな芸当ができるのは、癒しと浄化に特化した神力ではなく、——戦闘に秀でた〝魔力〟だ」


 ずっとリコリス侯爵は不思議に思っていた。


 娘のローズからヒスイの話を聞いたとき、神力でそんな真似ができるのか、と。


 もちろん神力も女神が操る力だ。凡人に比べればはるかに強力で恐ろしい結果を生み出せる。


 しかし、リコリス侯爵が知るかぎり、大神殿のトップである教皇にもそんな真似はできない。


 教皇にできなければ、少なくとも王国内でバジリスクを蹴り飛ばせるような神官はいないということになる。


 そも、光を操るのが神力。物理攻撃に秀でているのは、女神アルナの権能。


 〝光で吹き飛ばした〟ならまだ解るが、足を使って蹴り飛ばした、となると話は異なる。


 その答えが知りたくて、くるりとリコリス侯爵は踵を返した。


「私は答えが知りたい。もしかするとヒスイ男爵は、我々の予想すら超える存在かもしれない」


「これからヒスイさまのもとへ?」


「ああ。私がどれだけ悩んだところで、本人に訊いたほうが早いに決まっている。答えてくれるかはまた別だがな」


 そう言ってリコリス侯爵は廊下を歩く。


 階段を下りて一階に着くと、迷いない足取りで奥の裏庭を目指した。


 少しして、神力の訓練に励むヒスイと愛娘ローズの姿を捉える。




「——お父様?」


 真っ先に気付いたローズが、手元の光を消して首を傾げる。


 今日、父が自分に会いに来る予定はなかったと内心で呟いていた。


 リコリス侯爵はにこりと笑みを作ると、穏やかな声でローズに喋りかける。


「すまないね、ローズ。君たちの邪魔をするよ」


「邪魔だなんてそんな。お父様に見られるのは少しだけ恥ずかしいですが、ヒスイさまのおかげで、神力の制御が上手くなっているんです! 見ててくださいね、お父様」


 無邪気にそう言って、再び手元に光を集める。


 ローズの元気な様子を見るだけで、リコリス侯爵は楽しかった。




 ひとしきり彼女の努力を褒めると、それを無言で見守っていたヒスイのほうへ視線を流す。


 さらりと、他愛ない談笑のごとく侯爵は言った。


「ヒスイ男爵はどうかな? 神力を操るのはずいぶんと上手いが、他にも……他にも能力が使える、なんてことはないのかね?」


 いきなり核心を突く言葉に、後ろに並んだトマスの心臓がぎゅっと縮んだ。


 先ほどまで楽しそうにしていたローズが、


「お父様……なにを」


 と困惑している。


 だが、逆に話しかけられたヒスイは動揺すらしてなかった。


 さも当然のように、


「ええ。神力以外にも使えますよ」


 と答える。


 その瞬間、裏庭に集まったメンバーの視線が、一気にヒスイへと集まった。


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あとがき。


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