第58話 実力を見せる頃合い
ローズの家で、彼女の神力の具合を見ていた僕の前に、家主であるリコリス侯爵が現れた。
後ろに控えるのは筆頭執事かな。ずいぶんと高齢な、仕事のできる雰囲気を醸しだしている。
リコリス侯爵はひとしきりローズと会話を挟むと、急にこちらを向いて質問をした。
「ヒスイくんはどうかな? 神力を操るのはずいぶんと上手いが、他にも……他にも能力が使える、なんてことはないのかね?」
???
質問の意図がわからない。
僕に対する問いにしては、前後の文脈がめちゃくちゃなように感じる。
いや、僕に話しかける前、ローズとの会話でそれらしい言葉は出ていた。
振り返ってみると、先ほど、ローズが僕に助けられた時の話をしていた。
ローズが僕のことをベタ褒めし、当時の記憶をぺらぺらと喋るものだから気まずかった。
そのせいで半ばスルーしていたらこの問いだ。
前後の文脈がおかしいのではなく、単に僕が彼女たちの話を聞いていなかっただけ。
やや困惑しながらも、もう隠すべきことではないので素直に答えた。
「ええ。神力以外にも使えますよ」
思えばこれを話すのは、新たな人生で初めてだ。
家族にすら、姉たちにすら隠し続けた。
それはひとえに、情報の漏洩を最小限にするため。
ひとつの能力が使えるってことが両親にバレても、扱いはそこまで上等にはならない。
だが、複数の能力が使えるでは話が異なる。
少なくとも僕は、自分以外に二つ以上の属性が使える者を知らない。
普通はひとつの属性まで。
能力を生み出した三女神たちも、普通の人間ではひとつ以上の力に、肉体のほうが耐え切れないという。
『ヒスイはあまりにも規格外の変異種だ』と言われた。
だからこそ彼女たちはヒスイに興味を示し、ヒスイが自分たちと同じ変わり者であることを喜んだ。
——話がわずかに脱線したが、要するに僕のこの特性は、非常に珍しい……というレベルではない。
世界で唯一と言ってもいいくらいの体質だ。才能だ。
バレた際のリスクを減らすためにずっと口を噤んできたが、独立し、自身が貴族となって両親から離れた今、もはや隠す必要はない。
むしろ目立ち、姉たちのためにも地位や金を手に入れるためには、積極的に自分の才能を見せびらかす必要がある。
ゆえに、僕は初めてリコリス侯爵に教えてあげた。とてもとても大事にしていた僕の秘密を。
「や、やはり、か」
リコリス侯爵は、どこか確信を持って問いかけていたように見える。
しかし、それでも実際に答えが合っていると驚いていた。
ほんの一歩だけ後ろに下がると、滲んだ汗を拭いながら続ける。
「で、ではヒスイ男爵。神力以外の力を我々に見せてはくれないか? なにぶん、ひとつ以上の能力を兼ね備えた者は初めて見るのでね……いやさ、これまでの歴史を紐解いても見つかるまい」
「畏まりました。恩人でもあるリコリス侯爵様のためとあらば、それくらいはお安いご用です」
ぺこりと一礼してそう言うと、僕は光らせていた手元の神力をかき消す。
周囲に霧散した神力の残滓が、きらきらと中空を星のように飾った。
それらを無視して、今度は魔力を集めてみる。
恐らくリコリス侯爵は、単純に自分の疑問だけを解消したくて訊ねたわけではない。
侯爵は、国王陛下とずいぶん仲がよかった。
国王陛下が僕を知った経由も、ローズを介したリコリス侯爵からの話だ。
であれば、そこから導き出される今回の意図として、僕はバジリスクとの戦闘がきっかけだと思われる。
あの時、僕はバジリスクを倒すのに複数の能力を使った。
ローズの前で見せたのは、たしか魔力と神力。
なにも言われなかったからローズは気にもしてなかったのだろうが、よくよく考えてリコリス侯爵は疑問に思ったのだろう。
『どうやってバジリスクを蹴り飛ばしたのか』
とね。
そう考えれば先ほどの質問も理解できる。話の流れも自然だ。
たしかめて、また国王陛下に報告するだろう?
だったら、もっともっと国王陛下に喜んでもらうために、僕はなるべく侯爵たちがわかりやすい形で魔力を具現化する。
魔力もそうだが、この世界のあらゆる能力は、具現化するのに大量のエネルギーを消費する。
おまけに制御が恐ろしく難しいため、三女神と僕以外にそんな芸当ができる者はいないだろう。
幼い頃からずっと磨き続けた魔力だけなら、今の僕でもわずかに具現化できる。
神力の色は黄金。魔力の色は青。
戦の女神アルナに力を授かった僕の色は、さらに濃厚な紺色。
まるで夜色のごとき闇が、ほんのわずかに僕の手元から流れた。
中空を漂い、また僕のもとへ戻る。
明らかな魔力の具現化。
これならわざわざ身体強化して飛び跳ねなくても、侯爵たちに伝わるはず。
僕は魔力も使えますよ、と。
思惑どおり、紺色の魔力を見てだれもが顔色を驚愕で染めた。
口をポカーンと開けたあと、しばらくして、
「「「ええええええええぇぇぇ————!?」」」
リコリス侯爵邸の敷地内に、三人分の叫び声が轟いた。
———————————————————————
あとがき。
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