第3話 力を授かる

 目の前に、桃色髪の女性が現れた。


 彼女は宙に浮いている。


 それだけでただの人間ではないことが判った。


「……だ、誰、ですか?」


 おそるおそる僕は問う。


 どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた少女は、黄金色の瞳を真っ直ぐこちらへ向けた。


「私? 私はねぇ……お姉ちゃんだよ」


「……お姉ちゃん?」


 誰の、とは口にしなかった。


 少なくとも僕の姉ではない。


「うん。アルナちゃんとカルトちゃんのお姉ちゃん。個人の名前で私を呼ぶなら……そうだね。フーレって呼ばれてるよ」


「ふ、フーレ?」


 どこかでその名を聞いたことがある。


 姉。


 アルナにカルト。


 そして、宙に浮くフーレという女性。


 全てのピースが、僕の脳裏でかちりと嵌まった。


 答えに辿り着く。


「まさか……フーレ様!?」


 この異世界に存在する3体の女神がひとり。


 癒しと光を司る女神フーレだ!


 三女神が姉妹だったとは知らなかったが、残りのふたりの名前も女神と同じだ。間違いない。


「あー……それね。人間が勝手にお姉ちゃんたちのことを女神様って呼んでるだけで、そんなに大層な存在じゃないよ~? どちらかって言うと、精霊だしね私たち」


「せい、れい?」


「そそ。この世界に生まれた原初の精霊。それが私フーレと、残りのふたりってわけ。力が強くて、世界そのものに干渉しちゃったけど、別に神様じゃないよ~。だから、そんな畏まらないで?」


「そ、そう言われても……。どちらにせよ、すごい存在としか思えません……」


 世界に干渉できるほどの存在を、人は〝神〟という。


 あながち間違いでもないだろう。


「いいのいいの。それに、珍しいって意味ではキミも中々だよ? 魂がほかの人とは違うね。もしかして……この世界の人間じゃないのかな?」


「ッ——!?」


 僕が前世の記憶と人格を持っていることがバレた!?


 わずかな恐怖と不安を抱いて後ろに下がる。


 すると、光の女神フーレは慌てて首を横に振った。


「あ、違う違う! 別にあなたに危害を加えようとしてるわけじゃないよ!? ただ、自分たち以外では珍しいなって! 興味があるだけだから怖がらないで~!」


「ぼ、僕に興味が?」


 それはそれで怖いんだが。


 一応、足を止めて話を聞く。


「そうそう、興味興味。だって体はこの世界の人と同じなのに、中身は違うんだもん。気になるよ~。ね、——アルナちゃん、カルトちゃん」


「!?」


 他の女神の名を呼ぶフーレ。


 いつの間にか、僕のそばにはフーレ以外の女性がふたりも浮かんでいた。


 それぞれ、白髪と黒髪の女性だ。


「……たしかに、面白い。なにかわかる? カルト」


「不可解。不明瞭。なにも見えませんわ……。恐らく、わたくし達に非常に近い……としか」


「……ふうん。あなた、名前は?」


「え? ぼ、僕ですか?」


「そう。名前。私はアルナ。人間はと呼ぶらしい」


 力の象徴と言われる女神アルナ。


 その力は、森羅万象すらも破壊するという。


 【再生】の代名詞になっている女神フーレとは真逆の存在だ。


 紫色の瞳が、無機質に僕を貫く。


「……僕は、その……ヒスイと申します。この辺りの領地を統治してる、クレマチス男爵家の三男です」


「クレマチス? ……わからないわ。私たちはあまり、個人には頓着しないから」


「それよりカルトちゃんも名乗っておきなよ~。まだ自己紹介が済んでないの、カルトちゃんだけだよ」


「わ、ワタクシは別に……興味ありませんので」


「とかなんとか言っちゃって~。ちらちら横目で見てるのがバレバレだよ~? きゃー! カルトちゃんのエッチ!」


「誰がエッチですか!」


 女神フーレに煽られて、女神カルトが顔を赤くする。


 なんというか、女神カルトは和風美人って感じの女性だ。


 しかし、僕は彼女のことも知っている。


 混沌の女神カルト。


 あらゆる災厄と死を司る女神……。


 煌びやかな他の女神とは一線を画す存在だ。


 思わずごくりと喉を鳴らす。


「怯える必要はない。私たちはあなたに害をなそうとは思っていない。カルトも人見知りなだけで、内心はあなたが気になっている」


「アルナ!? よ、余計なこと言わないでください!」


 今度は女神アルナと女神カルトが喧嘩をはじめた。


 と言っても、女神アルナはカルトをスルーしているが。


「……それで、あなたはなに? この世界の人間ではないのでしょう?」


 淡々と女神アルナが尋ねる。


 ほかの二人の視線も刺さる。


 僕は、声を震わせながらも答えた。


「ぼ、僕は……前世の記憶を持っています。こことは違う、地球と呼ばれる世界での記憶を」


「えー!? 異世界人!? すごーい! 初めてみたよ私!」


「……さすがにびっくり。予想外の答えが返ってきた」


「ワタクシは予想通りですね。魂を見ればわかります」


「なら、やっぱりお姉ちゃんたちみたいに特別な存在なんだね! どうりで全ての適性を持っているわけだ」


「全ての適性?」


 女神フーレの言葉が引っかかる。


 適性って、なんの適性だろう。


「そうだよ。キミは、私たち全員の力が使える。3つのエネルギーを内側から感じるもの」


「それも、途轍もない許容量。面白い」


「観察のし甲斐がありますね……ふふ」


「僕の中に……三女神の力が?」


 それって、つまり……。


「嬉しい? 嬉しい? やったね! キミになら、面白いからお姉ちゃんたちの力を直接あげるよ! ねぇねぇ、みんなもいいでしょ~?」


「構わない。どんな風に成長するのか、見守る義務がある。先人として」


「……いいでしょう。ワタクシの力は特別ですが、彼になら意味がある。くすくす……ええ、特別ですよ?」


 何がなんだかわからない内に、話は進んでいく。


 こくりと一回だけ頷くと、三女神はそれぞれの手に、青・金・紫の球体を浮かべた。


 そして告げる。




「あなたに戦う力——【魔力】を」


「キミに癒しの力——【神力】を」


「変化と変質の力——【呪力】を」


「「「授けましょう」」」


 3つの球体が、ゆっくりと僕に近付く。


 びくりと体を震わせながらも、うまく動けずそれを受け入れた。


 ——直後。


 ドクン、と心臓が高鳴る。

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