第2話 運命の出会い

 僕、逢坂あいさかみどりは異世界に転生した。


 物語風の導入を付けるなら、まずはこうやって入るべきだろう。


 しかし、僕自身、なぜ異世界に転生したのか理由はわかっていない。


 ある日、目覚めたらそこにいた。


 新たな生と、〝ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス〟という名前を与えられて。


 どうやらクレマチス家は貴族らしいと知ったのが、転生して間もない4歳の頃。


 同時に僕は、自らの運命を嘆いた。


 ——なぜかって?


 そりゃあ、自分の家が貧乏男爵家だと知ったからだ。


 朝と夕方に出てくる食事は、なぜか僕の分だけ質素。


 日によってはパン1枚しか出てこない。


 ——え? そこまで貧乏なの? 貴族なのに?


 そう最初は思ったが、僕以外の家族の食事は普通だった。


 ささやかながらも肉が出る。


 では、僕だけ食事が質素な理由はなにか。


 すぐにわかった。


 僕が、貧乏男爵家のだからだ。


 この異世界では、よほど才能に溢れていないかぎり長子が家督を継ぐ。


 僕の上には、少なくとも兄がふたりいるので、三男である僕が家督を継ぐ可能性はない。


 言ってしまえば、ほとんど僕は平民に近い存在だ。


 兄のサポートは次男がする。


 僕の居場所はそこにはない。


 ——いらない子。


 両親や兄たちからはそう思われていた。だから食事は最低限。苦しい日々を過ごした。


 そんなある日、僕は五歳の誕生日を迎えて決意する。


 ——この家を出て、自由と幸せを手に入れる! と。


 どうせ育てば捨てられる身だ。


 いっそのことこちらから出ていってやる。


 そして、どんな道に進もうとも幸せになる。そう決めた。


 問題は、この異世界と前世の違い。


 前世の地球では、基本的に誰でも探そうと思えば仕事を見つけられた。


 けれどこの異世界では、その仕事が限られている。


 男なので労働力を買われることはあるだろう。鉱山や荷物運びといった力仕事なんて常に人手不足だ。


 しかし、そのような仕事はやがて限界を迎える。


 人手不足な仕事には、人手不足になる理由があった。


 それに、そもそもクレマチス男爵領を出るのが難しい。


 この異世界には、人間や動植物以外にも生き物がいるのだ。


 【魔物】と呼ばれる危険な怪物が。


 前に姉のひとりに聞いたが、魔物はとんでもなく強いらしい。


 人間では絶対に勝てないようなバケモノも沢山いるとか。


 ——では、これまで人類が滅びなかったのはなぜなのか。


 もちろんそれにも理由がある。


 【魔力】と【神力】と【呪力】。


 女神より与えられたこの3つの恩恵が、魔物から人類を守ってきた。


 誰もが手にすることのできる力ではないが、その恩恵は凄まじいと聞く。


 長女のアザレアが恩恵のひとつ、【魔力】を覚醒させていたが、彼女曰く「素手でも人体を切り裂くことができる」らしい。


 怖すぎる。


 でも、それくらいの力でないと魔物には勝てないのだろう。


 僕がこのクレマチス男爵領から出るには、アザレア姉さんみたいに3つの内どれかの恩恵を覚醒させたい。


 そうでなきゃ、いざという時に自分の身も守れない。


 死にたくなきゃ大人しく引き篭もってろ、と兄たちに笑われてしまう。


 別に力がなくても、男爵領を出る際には護衛を雇えばいい。自由を手に入れる手段なんていくらでもある。


 だが、手に入るならそれに越したことはない。現代日本に比べると、この異世界はいろいろと物騒だからね。


 ——そう思ったが吉日。


 早速僕は、家族に内緒で自らの才能を探した。


 力んだり、瞑想したり、詠唱を考えたり。


 我ながらかなり恥ずかしい真似をしてみたが、魔力も神力も呪力も見つけることはできなかった。


 なんとなく、自分の内側になにかがあるような感覚はしたのだが……。


 それを上手く掴むことができなかった。


「くそっ……! これは才能があると思っていいのかな? マニュアルがあるわけでもないし、平均や習得方法がぜんぜん解らん!」


 魔力に目覚めたアザレア姉さん曰く、力の覚醒は突然起こるらしい。


 僕としては、さっさと希望を掴みたいので人為的に引き起こそうとしているが、もしかするとそれは不可能なのかもしれない。


 だとしたら時間がかかる。ハズレを引く可能性もある。


 徐々に、僕の中で不安がこみ上げた。


 ぎりり、と奥歯を噛み締める。


 ——その時。


 ふいに、頭上から声が降ってきた。


 高い、女性の声が。




「——あれ~? すごく珍しい魂だね。この世界の人とは致命的になにかが違うのかな……?」


 バッと顔を上げる。


 見上げた先には、美しい女性が————浮いていた。

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