第42話 花の再会

「……お、おおおぉぉ!?」


 クレマチス男爵領で倒した魔獣たちの素材を売ったら、手元に大量の〝白金貨〟が溢れた。


 白金貨は、数ある硬貨の中でも一番上に位置するものだ。


 日本円にすると、だいたい一枚十万円くらい。


 それが少なくとも十枚あるから、日本円にすると百万の儲けになった。


 馬鹿みたいに溜めた魔獣の素材が、まさかここまで化けるとは……。


 どれもこれもあまり強くない個体だと思っていたが、塵も積もると山になる。


 買い取ってくれたおじさんは、目玉が飛び出そうなくらい驚いていたけど。


 ホクホク顔で冒険者ギルドを出た。


「よかったねぇ、ヒーくん。それだけあればしばらく生活には困らないんじゃない?」


「うん。冒険者ギルドで冒険者としての登録も済ませたし、金銭に関しては平気かな?」


 他の人には見えない女神フーレが、ふよふよと僕の隣に浮かんでいる。


「なら次はどうするの? 宿を探して来年まで待つの?」


 今度はフーレの隣に並ぶ女神アルナがそう訊ねた。


 僕は首を傾げる。


「それに関しては考え中かなぁ。規則によると、ノースホール王立学園に入学するには、十五歳になってないといけないらしいし」


「ヒスイはすでに相当な才能を持ってるし、それを見せ付けたら特別入学させてくれないのかしら。凡人とヒスイを並べて図るのは不毛よ」


「凡人って……でも、アルナの言うとおり、早期入学できればそれだけ長くコスモス姉さんとも顔を合わせられる。一緒に学生生活っていうのも憧れるよね」


 すでに姉コスモスは学園に入学している。


 二歳離れているから、いまごろコスモス姉さんは学園の二年生になっている頃だろう。


 彼女には卓越した〝神力〟の才能がある。


 それを発揮できているのか、今さらながらに気になった。


「では、ひとまず宿を探してから学園に乗り込むということでどうでしょう?」


 最後の女神カルトがボソッと結論を出す。


 フーレもアルナもカルトの意見に賛成らしい。こくりと頷いて口を挟まない。


 僕も一応は早期入学できるかどうか確認したいし、彼女の意見に賛成だった。


「そうだね。なるべく宿は学園に近いところを——」


 言いかけて、ふと視線が正面に向いた。


 風が吹き、花が乱れる。


 小さな花弁が中空を舞い、その中にひとりの少女を映す。


 どこかで見覚えのある女性を見て、僕は思わず立ち止まった。


 女神たちも動きを止めて首を傾げる。


 最初に口を開いたのは、同じく僕のことを見ていた女性のほうだった。


「そ、その髪……その顔……もしかして、前に私を助けてくれたお方ですか!?」


 女性はタッと走り出す。


 勢いよく僕の前までやってくると、銀色の髪を揺らして青色の瞳をありありと広げた。


 僕も鮮明に思い出す。


 彼女は、前にバジリスクから助け出した女の子だ。


 名前はたしか…………知らない。


 名前を聞く前に別れたのだと思い出す。


「えっと……お久しぶりです?」


 ずずいっと顔を寄せられて僕はたいへん気まずかった。


 しかし彼女は気にした様子もなく続ける。


「お久しぶりです! ずっとずっとずっとお会いしたかった!」


「お、お嬢様? こちらの殿方は……」


 遅れて彼女のそばにやってきたメイドらしき女性が、若干焦りながら彼女に問う。


 年頃の女の子がいきなり男性と親しくしたら驚くよね。


 でも僕らはそこまで親密な仲ではない。


 助け、助けられただけでの関係だ。


「マーサ! この方が前に言った、私をバジリスクから助けてくれた人よ!」


「……え、ええええぇぇ————!? こ、この男性が!? たしかに若い方だとは窺ってましたか……お嬢様とほとんど同い年に見えます」


「そう言えばまだ年齢を聞いてませんでしたね。おいくつでしょうか。私は十五歳です」


「えっと……十四です」


「年下!? 十四歳でバジリスクを討伐……?」


 お嬢様のほうは瞳をキラキラと輝かせているが、対するメイドのほうは混乱していた。


 あのバジリスクっていう魔獣はそんなに危険……だったなそう言えば。


 女神たち曰く、バジリスクは災害。出現すると街すら簡単に滅ぼしてしまうらしい。


 そんなバケモノを十四歳の子供が倒したと聞けば、そりゃあ混乱するのも無理はない。


「やはりあなた様は、特別な才能をお持ちだったのですね! すみませんが、いま、お時間ありますでしょうか? 父があなた様に会いたいと言ってまして」


「お、お嬢様のお父さんが?」


「お嬢様だなんて。ローズと呼んでください。私の名前はローズ・ミル・リコリス。リコリス侯爵家の長女です」


 やっぱりか、という想いが強かった。


 あんな所にいるくらいだから想像していたが、激戦区と言われる北東部を守るリコリス侯爵家のご令嬢だ。


 ちょうどクレマチス男爵領の隣に位置している。隣といっても地図上ではかなり遠いが。


 わからないはずがなかった。


 さらに一歩前に出て、ローズ侯爵令嬢は僕に問う。


「それで……あなた様のお名前は?」

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