第6話 魔力の訓練

 女神アルナによる訓練がはじまった。


「じゃあ、まずは【魔力】を感じ取るところから始めましょうか。私が魔力が流すから、体を巡る魔力の感覚を掴んで」


「了解」


 アルナが僕の前にやってくる。


 そっと肩に手を触れると、全身を温かいなにかが通り抜けた。


「どう? いま、ヒスイの体を強化してるわ。最初は少しだけね」


「うーん……なんか温かい力を感じる?」


「そうね。それが【魔力】よ。動かせそう? 自分で」


「やってみる」


 集中するために瞼を閉じる。


 いま、僕の体にはアルナの【魔力】が流れているらしい。


 それを、見えない手で触れる。


 一度認識したからか、意外と簡単に【魔力】は動いた。


 その【魔力】を、全身へ流すように行き渡らせると……。


「——ッ! なんか……変な抵抗力が……」


 うまく力を伸ばせなかった。


 反発するように動きを止める。


「【魔力】や【神力】を動かすには、相応の操作能力が必要になる。制御能力ともいうわね。こればっかりは、地道に動かせる量を増やしていくしかないわ」


「そっか……。さすがにすぐには使えないね」


 ちょっとだけ残念。


 そこまでの才能はなかった。


「落胆しなくていい。ヒスイは十分に才能がある。天才と言ってもいい」


「——え? どういうこと?」


「普通、初見で【魔力】を動かすことはできない。ほんのわずかでも動かせたなら、それがヒスイの才能。すごい。拍手する」


 パチパチとアルナが本当に拍手してくれた。


 その隣では、ほかの女神たちも拍手してくれる。


「……なんだか急に恥ずかしくなってきたな……。ありがとう、みんな」


 照れながらもお礼を言う。


 すると、みんな揃って笑みを浮かべてくれた。




 こうして僕の訓練がはじまる。


 基本的に訓練は、日中の自由時間を使って行われた。


 夜はほかの兄弟たちと一緒に寝るし、利用できる時間が日中しかなかった。


 まだ僕は5歳児だからね。仕事なんて回されないし、もはやいない人扱いだ。


 構ってくれるのなんて、三人の姉くらいなもの。


 ゆえに、一日の大半を訓練に費やすことができた。


 そんな生活が一ヶ月も続けば、僕の【魔力】操作能力もかなりレベルが上がる。


 元祖であるアルナに比べたら微々たるものだが、それでも自分の体を強化することに成功した。


 アルナ曰く、「身体能力の強化こそが基礎。体に近いものほど【魔力】が通りやすく、離れれば離れるほどその制御権を失う」らしい。


 要するに、魔力は近接戦闘で真価を発揮する。


 遠距離で強いのは逆に【呪力】だとか。


 双方の特性をバランスよく兼ね備えているのが【神力】。


 そう聞くとなかなか面白い。




「——どう、かな。前より強化できてると思う」


 訓練を始めて一ヶ月ちょっと。


 アルナの前で【魔力】による身体強化を行った。


「……悪くない。まだまだ生物としては弱いけど、一般人くらいになら余裕で勝てると思う。弱い魔物も倒せる……かな?」


「一ヶ月必死に訓練して、やっと脱一般人かぁ……。先は長いね」


「一朝一夕では身に付かない。何事も」


「……そうだね。まだまだ強くなれるんだから、ここは喜ぶべきだ」


 その後も僕は、アルナの指導を受けて訓練を続ける。


 気付けばすっかり陽が暮れていた。




 ▼




 慌てて自宅に戻ると、洗面台の近くで兄ふたりが僕を待ち構えていた。


 父親譲りの顔に下卑た笑みを刻んでいる。


「おいおいおい。ごく潰しのヒスイくんじゃないか。なんの役にも立てないくせに、一丁前にお遊びか~?」


「羨ましいねぇ。僕たちが汗水流してるあいだにも、頭を空にして遊べるなんて。さぞ、気持ちいことだろう」


 にやにやにやと笑いながら嫌味を垂れ流す。


 お前らは5歳の頃から仕事してたんか? そうなんか!? と言いたくなるが我慢。


 苦笑しながら無難に返す。


「えへへ……ごめんなさい、グレン兄様、ミハイル兄様」


「ごめんじゃねぇよ。へらへらしやがって。お前みたいな奴を見てると反吐が出るぜ」


「そうだねぇ。気楽なもんだよ、ほんと。選ばれてない奴は」


「誰のおかげで飯が食えてると思ってんだか。——なぁっ!」


 ガツン、と頭に痛みが走る。


 長男のグレンに殴られた痛みだと即座に理解した。


「ッ——!?」


 いってぇ!


 5歳児相手にマジで殴るか、普通!?


 痛みで視界が滲む。だが、無駄な抵抗や抗議などしない。したところで無意味だし、余計殴られるだけ。


 頭を下げて謝る。


「……ご、ごめんなさい……」


「ごめんなさいじゃねぇっての——!」


 兄グレンが再び拳を振り上げる。


 まだ咄嗟には魔力を操れない。


 防御が間に合わないと思い、目を瞑る。


 しかし、兄グレンの拳が僕の頭上へ落ちるより先に、後方から甲高い声が響いた。




「ちょっとおぉおお!! ヒスイになにしてるのよおぉおおお————!!」




 少女特有のキンキンとした声に、兄グレンの動きが止まる。


 そして、次の瞬間には、目の前に立っていた兄グレンが蹴り飛ばされた。


 僕とほとんど背丈の変わらない、薄緑髪の少女に。

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