第7話 落ち着いて女神様

 兄グレンが奇襲を受けて尻餅をついた。


 床に着地したのは、僕と同じ髪色の少女。


「こ、コスモス姉さん!?」


 彼女はコスモス・ベルクーラ・クレマチス。


 クレマチス家の三女であり、僕の二つ上の姉だ。


 勝気な表情で兄たちを罵る。


「こっの、バカ男! あれほどヒスイには手を出すなって言ったでしょ! その小さな頭にはなにも詰まってないのかしら!?」


「く、くそっ……! 妹の分際で俺様をよくも!」


 兄グレンが立ち上がって復活する。


 しかし、姉コスモスは鋭い視線を向けたままなおも威嚇する。


「ふんっ。殴りたければ殴ればいいじゃない! あんたらに私を殴る度胸があればね! まあ、私を殴ったらどうなるか……ふふ。きっとお父様もアザレア姉さんも許さないわよ?」


「コイツッ……!」


「落ち着いてグレン兄さん! コスモスの挑発に乗ったら本当にヤバいよ! アザレア姉さんに殺される!」


「けど……!」


「ここは我慢しよう。もうすぐの辛抱だから!」


 ……ん? もうすぐの辛抱?


 次男ミハイルの言葉が気になったが、二人ともそそくさと逃げてしまった。


 腕を組んだままのコスモス姉さんが呟く。


「アザレア姉さんが怖いんだったら、最初から手を出すなっての! まったく……」


 怒り心頭な彼女の視線が、やがてこちらに向く。


「ああ、ヒスイ! ごめんね、お姉ちゃん、来るのが遅くなって。あのバカ兄に殴られて痛かったでしょ? よしよし……。遊びたいのはわかるけど、あまり私から離れちゃダメよ?」


「く、くすぐったいよ、コスモス姉さん……!」


 姉コスモスにわしわしと頭を撫でられる。


 文句を言っても彼女はなかなか止めてくれない。


「お姉ちゃんからの愛よ。しっかり受け取りなさい」


 そう言って彼女は、およそ五分ほど僕の頭をなで続けた。


 夕食に少しだけ遅れる。




 ▼




 今日も今日とて、姉たちにおかずを恵まれながら夕食を終える。


 兄ふたりは論外だが、反対に、姉三人は僕に優しい。いつも両親に怒られない程度におかずを分けてくれる。


 そして夜。


 こっそりと裏口から外へ出た僕は、そばにいる三人の女性へ声をかけた。


「ね、ねぇ、みんな? そろそろ落ち着いてくれないかな?」


 実は姿を消してずっとそばにいてくれた三人の女神は、しかし僕の言葉を聞いてくれなかった。


 開口一番に、


「よし、あの男たちは殺そう」


 とアルナが言い出す。


 続いて、その台詞に残りのふたりまで乗っかる。


「お姉ちゃんが回復役ね~。何度でも傷を癒しちゃうゾ」


「ではわたくしとアルナが拷問担当ですね。下半身と上半身で分けましょうか」


「ん。異論はない」


「——あるよ!? なに勝手に話進めてるの!?」


 行動を始めようとした三人を慌てて止める。


 あきらかに彼女たちは怒っていた。


「いやいや~……は? なにあれ。ありえなくない? ヒーくんの頭を叩くとか許されると思ってるの? は? 誰のおかげで無事でいられると思ってるの? 体に直接刻んだほうがいいって。文字でもなんでも」


「ヒスイが許しても我々が許せない。あの男は調子に乗りすぎた。たかだが少し早く生まれた程度で……。キリよく殺そう。サクサク殺そう」


「くすくす。哀れな男の断末魔……わたくし、非常に興味あります」


「だからダメだってば!? 前からずっと言ってるじゃん! 復讐は望んでないって!」


 仮にあの男たちがフーレたちに殺されたら、残った跡取りは僕だけになる。


 あんな両親の跡を継ぐなんてイヤだ。貧乏貴族の当主になんてなりたくない!


 前世同様、僕には自由が似合ってる。


「ね? お願いだよみんな。矛を収めてくれ。僕は、みんなとここを出て暮らしたいんだ。そのためには、兄さんたちが必要なんだよ」


「「「……」」」


 黙りこむ三女神。


 顔にありありと「殺したい」という文字が浮かんでいた。


 しかし、僕の頼みであれば仕方ない、と言わんばかりに全員がため息をこぼす。


「ハァ……。しょうがないなぁ、ヒーくんは。そういう甘いところ、嫌いじゃないけどね~」


 まず女神フーレが僕に抱き付いてきた。


 花の香りがする。


「小物に構う時間をヒスイに当てたほうが有意義なのはたしかね。不満は残るけれど」


 続いて女神アルナが僕の背中にぴたりと自身の背中をくっ付けた。


 最後に、


「くすくす……。わたくしはあなた様がそれを望むなら。ええ。頭の中で百回ほど虫共かれらを殺して我慢しましょう。くすくす……」


 女神カルトが、あいてる側の腕に身を寄せた。


 やれやれ……。


 やたら好意的なのは嬉しいが、その感情がそっくりそのまま怒りに変換されるため冷や冷やする。


 たっぷりと時間をかけて彼女たちの怒りを鎮めた。


「さて……。そろそろ帰らないとプチ外出がバレちゃう。もういいだろ、みんな。離れてくれ」


「残念」


「はあい」


「わかりました」


 それぞれ後ろ髪を引かれる思いで僕から離れる。


 その途中。


 ふと、アルナがなにかを思い出してこちらを向いた。


「そうだわ。ヒスイに言いたいことがあったの忘れてた」


「アルナが僕に? なにかな」


「明日の予定をちょっとね」


「明日? 訓練の内容に関して?」


「うん。ヒスイも【魔力】の操作が上達してきたから、そろそろ——」


 一拍置いて、彼女は続けた。




「外で魔物を狩ってみましょう」

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