第121話 料理が攻撃を仕掛けてきた

 過度な肉体への負荷により、三日ものあいだ僕は寝込んでいたらしい。


 光の女神フーレの力があれば、そんな昏睡状態にならなくて済んだのでは?


 という僕の問いに、彼女たちは揃って首を横に振る。


 曰く、たまには僕もしっかりと休んだほうがいいと言われた。


 おまけに、超絶不安になるフーレの手作り料理だと?


 アルナが包丁で山を斬り裂くより、カルトが恐ろしい精力料理を作るより不安を抱いた。


 しかし、残酷に時間は進む。


 なぜか料理を運んでくるといったフーレが席を外し、およそ十分後くらいに彼女は戻ってきた。


 フーレが手にしてるのは……鍋である。


 普通、料理を持ってくるならお皿か弁当が定番だろう。


 だが、彼女が持ってきたのは鍋そのまま。


 学校とかで見かけるような底の深い鍋だった。


 湯気が立っているので加熱されているのは間違いないが……ん?


 なんか今、一瞬だけ鍋の中から触手のようなものが見えた気が……。


 さすがに気のせいだと信じたい。


 ——あ、また見えた。


 タコの足みたいなものがちらちら鍋の中から出てくる。


 タコを茹でたのかな? それにしてはタコの足が紫色なのが気になる。


 仮に紫色のタコがこの世界にいるのだとしたら、それは果たして食べられるのか。そもそも食べたいと思える見た目なのか。実に怪しいところだ。


「はーい、お待たせヒーくん! モンス……じゃなくて、食材がちょ~っと暴れてね? 運ぶのに時間かかっちゃった」


「モンス……?」


 いま、たしかにフーレは鍋の中のものをモンスターと呼ぼうとしたよね?


 使った食材が暴れるってなに? 普通は暴れないと思います。


 海鮮系のエビとか生きたままの魚を使った料理は多少暴れるかもしれないが、すでに加熱された状態にも関わらず暴れるってどういうことだ。


 そもそもなんで茹でられてるのにその触手は動いてる!


 抱いた不安が明確な形になっていた。


 バクバクと心臓が痛いくらい鼓動を打つ。


 ちらりと隣に並ぶアルナへ視線を向けると、僕と目があった途端に逸らされた。


 カルトも同じく。




 ——コイツら! 確信犯じゃねぇか!


 およそフーレがまともな料理を作ってたとは思えない。


 それは鍋からはみ出してる触手を見れば明らかだ。


 どうする? 触手はアレルギーがあるから無理だとゴリ押すか?


 いや待て。フーレは恐らく僕のアレルギー問題も神力で解決できる。ゴリ押しされるのはむしろこっちだった!?


 完全に打つ手がない。


 その間にも、フーレが目の前にやってきて鍋を置く。


「ささ、ヒーくん食べていいよ~。全力で神力を使った最高級のモンス……じゃなくて、生き物を使った煮込み料理だよ! 料理名は……アクアパッツァ? 前にヒーくんが作ってくれた奴を参考にしました!」


「な、なるほど……」


 アクアパッツァ!?


 どの辺りが!?


 アクアパッツァでそんな底の深い鍋は使わないだろ!? そもそも魚じゃなくて触手——モンスターじゃねぇか!?


 爽やか要素ゼロだが、一体彼女は僕の料理の何を見てこれを作ろうとしたのか。


 参考どころかまったく別物になっている。


 一応、念のため鍋の中を覗く。


 すると——シュバッ!!


「ぎゃあああああ」


 謎の触手に眼球を攻撃された。


 発狂しながら後ろに倒れる。


 多少動けるようになってるじゃん! ありがとうフーレ!


 とか馬鹿みたいな感想を言ってる余裕がない。ありえないほどの激痛を味わった。


「しょ、触手が攻撃してきた……!? なんで煮込んだのに食材が生きてるんだよ!?」


「しょく……? ヒーくん何の話をしてるの?」


 フーレが神力で負傷した眼球を治してくれた。


 しかし、頑なに触手のことは認めようとしない。


 どこからどう見ても触手あるだろ!?


「そんなことより、はいあーん。鍋を覗くと危ないからね。お姉ちゃんが食べさせてあげます!」


 覗いただけで眼球ド突かれる料理は料理とは言わない。


 ガチで失明したからね、僕。想像以上に痛かったよ???


 もはや不安を超えて不信感しかなかった。ジト目でフーレを睨むが、彼女は平然とおたまっぽい物で鍋を掬い、それを僕の口元へ運ぶ。


 おたまで食べさせるの???


 つか触手が乗ってる~~~~。


 なんでそんなピンポイントなやつをわざわざ僕に食べさせようとするのか。


 必死に口を閉ざして拒否を示すと、フーレがちょっと怒った。


「もー、ダメだよヒーくん! 好き嫌いしちゃ!」


「好き嫌いとかいう問題じゃねぇ」


 思わず口調が荒くなる。


 だが、僕の言葉は正論だろ。はっきり全容が見えたが、この触手野郎、ぜんぜんタコじゃない。クトゥルフとかに出てきそうなアレだ。


 完全なる未確認生命体だった。


 それを食えというフーレの態度に僕は戦慄する。


「大丈夫だよ~。見た目はちょ~っと失敗して可愛いけど、愛情という名の神力はものすっっっごく入ってるから!」


 触手が死なないのはそれが原因かああああああ!


 フーレほどの人物が神力を込めて生き物作ったら、そりゃあ茹でられたくらいじゃ死なない。


 僕の眼球にだって攻撃も仕掛けてくるさ。


 っていうか何を失敗したらこうなるの? そしてまったく可愛くない。


 きもきもだ。もしくはブサブサ。間をとってキモブサイク!


「が、我慢しなさい、ヒスイ。今回は私たちに心配をかけた分、フーレの料理くらい食べるのよ」


「アルナ!?」


 がっしり。


 アルナに後ろから羽交い絞めされてその場に固定された。


 どんどんフーレとおたまが近づいてくる。


 僕は何度もアルナに謝った。許してくれと懇願した。




 ……しかし、ダメだった。僕の視界は暗転する。




———————————

あとがき。


生き物は逞しいのだよ……



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