第222話 息抜き
コスモス姉さんと共に、神殿に併設された孤児院を調べた結果、魔人族の血を使った怪しい実験の資料や痕跡を見つけた。
神殿自体がグルなのか、孤児院に務めている神官たちが悪事に手を染めているのか。
どちらにせよ、僕たちは情報だけ持ち帰って屋敷に戻った。
翌日。
僕の部屋を訪れたコスモス姉さんと昨日の話をする。
☆
「ヒスイはどうしたらいいと思う?」
ソファに座ったコスモス姉さんが、開口一番にそう言った。
「うーん……僕の考えだと、実験に関わっていた神官を捕まえるのが一番早いと思う」
「捕まえられるの?」
「拘束して情報を抜き取るだけなら問題ないよ。僕は神力が使えるから、わざわざ尋問や拷問をする必要もない」
ただ対象の情報を抜き取ればいいだけだ。
しかし、僕だと時間がかかる上に消費される神力の量も尋常じゃない。
少しばかり手間取るとは思う。
「そう……ヒスイができるって言うなら、ヒスイに任せるわ。本当は私がやるべきことなんだけどね」
「こんなこと言うのもアレだけど、今の姉さんじゃまだ無理だよ。それに、姉さんに辛い思いはさせたくない」
人の記憶を読み取るというのは、何もいいことばかりじゃない。
その人が抱いた感情も読み取った際に受け取ってしまう。
中には苦痛に感じるものが含まれているかも。
「それを言うなら私だってヒスイにそんな真似してほしくないわ。今回ばかりは状況が状況だからしょうがないけど」
「あはは……ありがとう、姉さん」
コスモス姉さんの想いが聞けて僕は嬉しかった。
記憶を読み取るのに憂いはない。
「作戦決行は今夜にしよう。できるだけ早く行動しないと、僕たちの侵入が相手側にバレる恐れがあるからね」
善は急げともいう。できるだけ侵入の痕跡は消したが、完璧ではない。
神官たちが僕たちの侵入に気づけば、今後の行動に支障が出るかもしれない。
だから、できるだけ早く敵の情報を手に入れねば。
コスモス姉さんもこくりと頷いて同意を示した。
すると、そのタイミングで部屋の扉がノックされる。
「ヒスイ、いる?」
「アザレア姉さん?」
僕が返事を返すと、
「ああよかった。いたのね。入るわよ」
と言って彼女が扉を開けた。
部屋の中にアザレア姉さん——とアルメリア姉さんも入ってくる。
「どうしたの、アザレア姉さん。それにアルメリア姉さんまで」
「最近仕事で忙しかったから、たまにはヒスイと遊ぼうと思ってね」
「僕と……遊ぶ?」
「アルメリアも放っておくとずっと家に引きこもってるでしょ? たまには外に出かけない?」
「私は別に、屋敷の中でも充分ですけど……」
「いいから外に出なさい。体を動かさないと弱ったままよ」
「それは昔からの体質というもので——」
「ぐだぐだ言わないの。引き籠ってばかりで気が滅入るわよ!」
「うぅ……助けて、ヒスイ。アザレア姉さんが私の言葉を聞いてくれないの」
うるうる、と泣きそうな顔でアルメリア姉さんが僕を見る。
しかし、どちらかと言うと僕はアザレア姉さんの意見に賛成派だ。
アルメリア姉さんはあまりにも家を出なさすぎる。一日中本ばかり読んでいるから、今も体が弱いままなのだ。
彼女のためにも、ここは心を鬼にする。
「ごめんね、アルメリア姉さん。僕も外には出たほうがいいと思う」
「が、ガーン! ヒスイまで私を虐めるのね⁉」
「虐めるって……」
僕はアルメリア姉さんに、健やかに育ってほしいだけだ。
長生きしてくれて、姉さん。
「ほら、ヒスイもああ言ってることだし、いい加減諦めなさい」
「嫌! 私はまだまだ読みたい本が……!」
「あ、それだったらちょうどいいし、街にある本屋にでも行って、新しい本を購入しようか」
「本当⁉」
アルメリア姉さんの表情が一瞬にして変わった。
瞳にキラキラとした輝きが宿っている。
ちょろいなぁ、アルメリア姉さんは。
「ほんとほんと。そろそろアルメリア姉さんも書斎にある本を読み終えちゃうだろうし、タイミングはいいでしょ?」
「ありがとう、ヒスイ! 実はヒスイの言う通り、もうすぐ本がなくなるところだったのよ!」
「外へ出すために本を買うのってどうなのかしら……」
「アザレア姉さんが言いたいことは解るよ」
そもそもアルメリア姉さんが外へ出なくなったのは、本を読んでいるからだ。
本を取り上げ、外に出ろと言ったら、今度は外に出て本を買ってくる。
ある意味本末転倒なのでは? と僕も思った。
けれど、最終的に運動してくれるなら本くらい何冊でも買ってあげるさ。
今後、彼女を外に出すいい餌だと思えばね。
「でも、まあ……アルメリア姉さんにはそれくらいがちょうどいいと思うよ」
「……それもそうね。しょうがないわ」
「やったー! 早速準備をしてくるわ!」
先ほどまでの拒否反応はなんだったのかと言いたくなるほど機敏にアルメリア姉さんは自分の部屋へと戻っていった。
その背中を見送り、僕とコスモス姉さんも出掛ける準備をする。
深夜になるまでは、僕とコスモス姉さんも暇だからね。
たまにはこういう息抜きも悪くないと思った。
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