第89話 vsドラゴン

「ど、ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!?」


 誰かが叫ぶ。


 その場の僕を除く全員が、絶望的な表情を浮かべる。


「ま、まさか……本当にドラゴンが!?」


 か細い、消え入るようなマイア殿下の声が聞こえた。


 隣に並ぶリベル殿下なんて、驚きのあまり声が出せないでいる。


 そのあいだにドラゴンは目の前までやってきた。


 ばさばさと激しく真っ赤な翼をはためかせ、暴風と殺意が周囲に満ちる。


 ただ浮かんでいる、それだけですごい風圧だ。


 油断してると人間なんて簡単に飛ばされそうだった。


「リベル殿下! 早く馬車へ!」


「え、あ……で、でも……ヒスイ男爵」


 すぐに行動を始める。


 手始めに。そばにいる第一王子へ声をかけるがリベル殿下は恐怖でパニックに陥っていた。


 騒ぐような真似はしないが、足がガクガクと震えて動けない。


 しょうがないのでリベル殿下を無理やり担ぎ、騎士たちに指示をしながら馬車へ押し込む。


「相手はドラゴンだ! 距離を取って戦え! 炎を吐かれたら終わりだぞ!」


 相手が僕の知ってるドラゴンなら、ドラゴンは炎を吐く。


 あれだけの質量だ。たったひと息でこの辺りは全焼するだろうな……。


 扉を閉めて馬車を走らせようとする。


 しかし、馬たちまでドラゴンの殺気に当てられて動けない。


 これでは移動できずいずれ殺される。


「クソッ……! こうなったら……」


 この場であのドラゴンを相手にできそうなのは僕だけだ。


 事実、僕以外の全員が固まっていた。


 一応、騎士たちはアイン殿下やマイア殿下を引っ張って逃げようとしているが、表情を見れば判る。


 絶対に勝てないと確信していた。


「どうするの、ヒスイ。面倒なら私が殺してあげようか? あんな小物、一撃で終わりよ」


 頭上に浮いていたはずのアルナが降りてくる。


 頼もしい言葉だが、あまり彼女たちの力を借りたくはない。


 僕だって……こんな状況だが、ドラゴンと戦ってみたいと思っているのだから。


 首を横に振る。


「いや、いい。僕がやってみるよ。アルナたちに力を借りるのは、僕自身がどうしようもない時だけって決めているんだ」


「そう。なら……ヒスイの勝利を信じてるわ。大丈夫。いつも通りに戦えば勝てる。ね?」


「ありがとうアルナ。ちょっと頑張ってくるね。もしものときは彼らを守ってくれるかい?」


「任せて。私はなにもしないけど、最悪、死んでもフーレに蘇生させるわ」


 ひらひらとアルナが手を振る。


 僕はにやりと笑ってから踵を返した。そして、目の前のドラゴンを見つめる。


 ドラゴンは僕のことを観察していた。とっくに襲われてもおかしくないのに、なぜか動かない。


 しばらく互いに視線を交わしたあとで、ようやくドラゴンは動き出す。


 ドラゴンの口元が光った。


 膨大なエネルギーを感知する。


 魔力や神力、呪力のようなエネルギーじゃない。魔獣が持つ独特のエネルギーだった。


 直感的にそれがブレスだと判る。


 急いで全身に魔力を巡らせた。


 地面を蹴り、ドラゴンに肉薄する。


 ドラゴンは僕の驚異的な身体能力を見てわずかに目を見開く。


 動きが止まった。そのあいだに、剣を抜いて振った。




 ガッ————キイイイイイン!!


 ドラゴンの顔面を狙った剣撃が、接触するなり、けたたましい音を立てる。


 かっった!


 まるで金属を殴ったときの感覚に似ている。


 だが、その硬度は金属をはるかに凌駕していた。


 全力でないとはいえ、僕の魔力による一撃でも切り裂けない。


 代わりに衝撃を受けてドラゴンが吹き飛ぶ。空中にいたから威力を殺すことができなかった。


 数百メートル先まで巨体が地面を転がり、下に着地するのと同時に僕はドラゴンを追いかけた。


 ドラゴンはすぐにまた飛翔する。


 ブレスは消えていた。しかし、その表情に怒りの感情がありありと浮かんでいる。


「グルアアアアアアア!!」


 雄叫びを上げ、翼を動かしてこちらに向かってくる。


 三十メートルを超える巨体が、驚くべき速度で突っ込んできた。


 腕を振り上げ、乱暴に攻撃する。


 受けるのはまずいと思って横に飛ぶと、先ほどまで僕が立っていた場所が深々と抉れた。


 相当な威力だとわかる。


「さすが最強種族で有名なドラゴン。転生してこのかた、お前より強い奴は三人しか知らないよ」


 全身を巡る魔力の量が増える。


 本来の全力では、まだドラゴンの分厚い皮膚は斬れないかもしれない。


 ここは久しぶりに無茶な方法をとる。


 かつて、フーレが考案し僕が使うことを渋った魔力強化方法。


 まずは魔力の限界値を超えて練りあげる。そうすると強化された肉体そのものがエネルギーに耐え切れなくなって自壊を始める。


 それを、神力を使って片っ端から無理やり治し魔力の上昇状態を維持する。


 めちゃくちゃ大変でクソ痛いが、これをすることで魔力の上限が増やせる。


 戦闘で使うのは初めてだが、ギリギリ集中すれば両方の力を制御できた。


「さあ……おまえの体がどこまで硬いか……試させてくれ」


 剣を構える。


 溢れんばかりの全能感を感じていた。

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