第90話 覚悟の力
全身に不思議な全能感が巡る。
この感覚は、かつて三人の女神に能力を貰った際に感じたものと同じだ。
これがあればなんでもできる……そんな気持ちに満たされていた。
「さあ……おまえの体がどこまで硬いか……試させてくれ」
剣を構える。
ドラゴンもまた身構え、鋭い眼力で僕を睨んでいた。
不敵な笑みを刻み、まずは僕から仕掛ける。
地面を蹴り上げて走った。ドラゴンのそばまで近付くと、身体能力に任せて跳躍する。
これまでにない速度が出た。
走ったときにも感じたが、まるで瞬間移動のようだった。
前にアルナが似たような動きを見せてくれていたが、そのときのアルナに少しだけ近付いた感覚がする。
当然、アルナに比べれば僕の魔力なんてまだまだ甘い。
彼女ならいまの僕ですら一撃で倒せてしまうだろう。
だが、少なくとも目の前のドラゴンには通じるはずだ。
一瞬にして相手との距離を詰めると、僕は剣を真っ直ぐに振り下ろす。
ドラゴンは翼を動かして逃げようとした。
けれどそれより僕の攻撃のほうが速かった。
ドラゴンの腕が犠牲になる。
さっきは鋼鉄の金属を魔力なしでぶっ叩いているような感触がしたが、今度は違う。
僕の振り下ろした剣には、魔力で底上げされた腕力と、剣自身にも強化の魔力が流し込まれている。
結果、僕の刃はドラゴンの皮膚を切り裂くことに成功した。
無慈悲な一撃がドラゴンの腕を斬り落とす。
「ガアアアアアアアッゥ!」
飛び退いたドラゴンが苦しげな悲鳴をあげる。
なまじ強化された聴覚がそれを捉えて鼓膜が破れるものの、即座に神力を用いて鼓膜を再生させた。
「うるせぇよ」
左手をかざす。
僕とドラゴンの距離は数十メートルほど。
普通に考えれば僕の攻撃は届かない。魔力の欠点はその攻撃範囲の狭さだ。
強化に能力を傾けている分、他の能力ほどの汎用性がない。
しかし、僕には関係なかった。
僕には魔力以外の力がある。
「水責めだ」
手の平から大量の水を生み出した。
これは呪力による物質の生成。火を噴くドラゴンには、必然的に水がよく効くかな? っていう安直な考えだ。
消防車のホースから撃ち出される水のごとき激流が、ドラゴンのもとへ殺到する。
かなりの量の呪力が消費されるが、構わずドラゴンへぶち当てた。
腕を失った反動でわずかにドラゴンの動きが遅れる。
僕の放った激流にぶつかり、ドラゴンがさらに遠くへ吹き飛ばされた。
飛ぶ暇すらなく地面に落ちる。
「よしよしよーし。そのまま地面でやろうよ」
跳躍していた僕も地面に落ちる。
着地し、同時に地面を蹴った。一瞬にしてドラゴンのもとへ迫る。
ドラゴンの動きも速い。すぐに起き上がると、口に炎を溜めてブレスを放つ。
「——おっと」
視界が炎で埋まった。
しかし。
「燃えてな——い、ってね」
炎を突っ切って僕が現れる。
ドラゴンの炎は僕を傷つけることはできなかった。
魔力によって強化された肉体の強度は、もはやドラゴンの攻撃すら受け付けない。
完全に人間を卒業していた。
これにはさしものドラゴンも驚く。
僕が目の前に迫っているのに反撃しようとしなかった。
否。
反撃するほどの思考が残っていない。
僕は剣を振り上げる。
「……もう終わり? 意外とあっけないんだね、この世界のドラゴンは」
呟き、剣を振り下ろした。
剣がドラゴンの首元を正確に捉え——。
「ガウルッ!」
ガツン、とドラゴンの顎にぶつかって軌道がズレる。
人間でいうところの鎖骨から胸元のラインを切り裂いた。
夥しいほどの鮮血が飛び出す。
「コイツ……!」
いま、直前になって顎を剣にぶつけて軌道を逸らしたのか!?
頭を下げて行ったあたり、かなり知能が高いように見える。それとも偶然か、野生の勘か。
どちらにせよ、殺すチャンスを逃した。
再びドラゴンが暴れ出す。
「グウウウウウウルアアア!!」
自らを鼓舞するように叫び、全身を激しく動かす。
ドラゴンは僕よりはるかに大きい。ただ体を捻るだけでも凄まじい衝撃と被害を周囲に撒き散らした。
慌てて、巻き込まれないようその場から飛び退く。
「竜だけあって元気だな……まだまだ戦えるって?」
でもそろそろ魔力と神力の同時制御が辛くなってきた。
目的である魔力の総量を急激に伸ばすことには成功したし、これ以上ドラゴンと遊ぶ必要はない。
さらに高まった魔力を剣に軒並みぶち込み、転生してから初めての威力をドラゴンへ叩きこむ。
対するドラゴンも、効かないと解っているはずなのにブレスを放った。
僕は炎を突っ切りながら剣を振る。
ブレスのせいで剣の軌道はズレたが、ドラゴンの体を真っ二つに切り裂く。
地面すらも深々と斬って、ドラゴンは力なく地面に倒れる。
……討伐完了、だね。
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