第34話 嫌なヤツ

 見事バジリスクを討伐することに成功した僕は、女神を伴って自宅のほうへと戻る。


 あの助けた少女が名前を名乗ろうとしていたのに遮ったのは申し訳なかったな。


 でも許してほしい。彼女に僕の存在がバレ、僕が〝神力〟を使えるということが両親に発覚したら面倒だ。


 ただでさえ能力を使える人間は多くない。一つの属性を持てるかどうかで人生も大きく変わるというのに、腕を再生し、石化も解けるほどの神力が使えると吹聴されたらどんな扱いを受けるか解らない。


 まあ、そもそも一般的な神力の使い手がどの程度の再生力を有するかにもよるけど、今よりずっといい生活が待っているんだろうな。


 あくまで、貧乏男爵の中では、っていうね。


 家を出ようと思ってる僕には関係のない話だ。多少生活環境がよくなっても嬉しくない。


 そんなことより、倒したバジリスクを売って金を儲けたほうがより贅沢な暮らしができるというものだ。


 女神たち曰く、バジリスクは相当な大物らしいからね。


 それで言うと、大きな街ではそれなりに人気な〝冒険者〟なる職業はいい。


 魔獣などを倒してお金が貰えるなんて、いまの僕にピッタリな仕事だ。


 最悪、お金に困ったら魔獣を狩って生計を立てよう。それなら僕にもできる。


 そんなことを考えながら、軽やかな足取りで自宅まで帰った。




 ▼




 日々は一瞬で過ぎ去っていく。


 あの日、バジリスクから少女と騎士二人を助けて以来、特に僕の日常に変化はなかった。


 当たり前のようにアルナと組み手や剣術による鍛錬を行い。


 当たり前のようにフーレから治療や再生の訓練を受ける。


 最後にはカルトの呪力を教わりつつ、さまざまな物体のイメージを膨らませて、季節すら巡っていった。


 アザレア姉さんとコスモス姉さんがいなくなったあと、余計に酷くなった兄たちからの虐めも、ひっそりと〝魔力〟を使うことで耐えられた。


 場合によっては、最近、少しだけ得意になった探知を使って兄たちとの接触を避けたり、離れた部屋に隔離されているアルメリア姉さんの下へ行ったりした。


 アルメリア姉さんは病気を。いまは問題ない。


 僕が寝ている彼女の体を勝手に神力で癒したからね。本人すらそのことには気付いていないはずだ。


 なので本当はもう隔離される必要もないのだが、僕が彼女に言ったのだ。


 ——どうせならその事を秘密にして、仕事とか縁談とか全部サボったほうがいいよ、と。


 彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、僕が無理やり説得した。


 クレマチス男爵家は地獄だ。病から復帰したアルメリア姉さんをすぐにでも働かせるだろう。人手はいつだって必要になる。


 けど彼女は、病が理由でずっと離れて暮らしていた。両親からの感心もなく、馬鹿兄ふたりには気持ち悪い存在だと思われている。


 こんなにも美人で、優しく、お淑やかなのに意味が解らない。


 だからこれまでの境遇と家族の態度を判断し、アルメリア姉さんは自由に過ごしたほうがいいと考えた。


 それに、どうせ彼女もすぐに王都へ連れていく。アルメリア姉さんだけを残して王都でのうのうと生活はできない。


 兄ふたりはどうでもいいが、彼女だけは助けると決めていた。


 その話はまだしていないが、すぐに生活環境を整えて戻ってくる予定だ。彼女の手を引いて、アザレア姉さんとコスモス姉さんと四人で過ごす。


 それが一番の幸せだと僕は思った。




「それじゃあアルメリア姉さん、ちょっと僕は外に出かけてくるね」


「うん。気をつけてね、ヒスイ。怪我したら痛いわ」


「解ってるよ」


 誰よりも貴族っぽいお上品な笑みを浮かべて手を振る姉に、僕もまた手を振り返して部屋を出る。


 兄たちの気配を探りながら廊下を抜けると、現在、家の中には兄がいない。


 どこかへ出かけているらしい。構わずに家を出た。


 少し歩くと、見覚えのある少女を見つける。


「あれ、ユーリ? どうしたの、こんな所で」


 家の近くで村娘のユーリを見つけた。


 同い年で活発な少女ユーリは、黒髪を揺らしながらにこっと笑う。


「やっと外に出てきた! 遅いよ、ヒスイくん。ずっと待ってたんだから」


「僕を? なんで?」


「ヒスイくんと遊びたかったの! 今日は家の仕事休みだから!」


「そ、そうなんだ……」


 彼女はただの村民。クレマチス男爵領の町に住む住民だ。


 領主の息子である僕がいくら末っ子であろうと、目の前の彼女よりは位が高い。


 それでも昔からよく遊んでいた彼女とは仲がよく、こうして気さくに話せるようにまでなった。


 けど……。


 まさか家の前で待たれているとは思っていなかった。


 昔から行動派だったからなぁ……うん。たまには頭を空っぽにして遊ぶのも悪くない。


 せっかく彼女が誘ってくれたのだし、一緒に遊ぶことにするか。




 そう思って口を開きかけたその時。


 横からいやーな声が聞こえた。




「ようヒスイ。そんなとこでなにしてんだ?」


 兄グレンの声だった。

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