第44話 国王陛下と謁見
「……国王陛下が、僕に?」
初めて目にしたリコリス侯爵が、いきなり意味不明なことを口にした。
一瞬たりとも侯爵がなにを言ってるのか理解できなかった僕は、首を傾げて呆然とする。
それを見た侯爵は、くすりと笑って答えた。
「ふふ。表情からなにを考えているのかだいたい解るね。緊張……というより、理解できないのは当然だ。せっかくだし、とりあえずソファに座りたまえ。ゆっくりと説明しよう」
促されるままに僕とローズはソファに座る。
その対面に侯爵が腰を下ろすと、穏やかな表情で説明を始めた。
「まず、どうして国王陛下がヒスイくんに興味を示したのか。それは、君が私の娘を救ってくれたからだ」
曰く、ことの始まりは、僕がバジリスクを倒したことにある。
その発端となるローズの救出が、それに該当するとかなんとか。
「まあ簡単に言ってしまえば、その歳で、しかもひとりでバジリスクを倒せるほどの実力に、陛下はとても興味を抱いている。それが王国民であればなおさらね」
「ですが、僕はただの男爵子息。それも末っ子で、いまは家を飛び出してここにいます」
「ん? それはどういうことかな?」
「ヒスイ様は、ご家族の方に自分の実力を隠しているそうですよ。その上で、仲が悪く、喧嘩別れをして王都に来たと聞きました」
僕の変わりに事情を知ってるローズが侯爵に答えた。
それを聞くと、侯爵はふむふむと人差し指を唇に当てて考え始める。
「そうか……君の両親は君の才能を知らず、そのうえ仲が悪い……」
「ですので、実際にはほとんど平民のようなもの。そんな僕が国王陛下にお会いするだなんて……」
「いや、問題ない。国王陛下は貴族か平民かで人を見下すことはないし、身分より才能を優先するタイプだ。そもそも、君の正体がいまだ判明していないうちから会いたいと仰ったんだよ? それはつまり、平民だろうと孤児だろうと関係ないってことさ」
「国王陛下が……」
これにはたまらず口が開く。
僕の中の王様のイメージなんて、酷く独裁的で自尊心の塊のような存在だった。
しかし、侯爵から聞く陛下の話は、どちらかというと理想の上司に近い。
それならば、なにか酷いことをされることもないのかな?
「それ……でしたら、僕は構いません。どうせ、王都に来たのも学園に通うためでしたし」
「学園?」
「ノースホール王立学園です。そこに僕の姉が入学してます。姉を追いかけてここに来ました」
「ほほう。たしかヒスイくんは十四歳……姉君は今年で十六歳か十七歳くらいかな?」
「はい」
「まだヒスイくんは入学できる年齢に達していないが、それは一年待つ予定だったと」
「可能だったら、自分の能力を見せて早期入学できればいいな、くらいには思ってましたが、一年くらいは待てます」
「なるほどなるほど……実はウチの娘、ローズも今年入学予定なんだ。十五歳だからね」
「そのようですね。たしか〝神力〟が使えると」
「ああ。だから私からも陛下に直訴してみよう。学園は王族が建てたもの。陛下に直接話したほうが早い」
そう言うと侯爵は、ソファから立ち上がって執務用の机に戻る。
なにやらサラサラと手紙を書いている。
「侯爵様? なにを……」
「陛下へ手紙を書いているんだ。件の少年が見つかったから、謁見の準備をお願いします、とね」
「おめでとうございます、ヒスイ様。陛下ならば、きっとヒスイ様にぴったりの褒美を用意してくれますよ!」
「ほ、褒美? なにか陛下から褒美を貰うようなことは……」
「臣下であるリコリス侯爵家の令嬢を助けておいてなにを言うんだい。それに、王国領内に現れたバジリスクをほとんど被害もなく倒してくれた。放置していれば、クレマチス男爵領や我がリコリス侯爵領に酷い被害が出ていただろう。君の行いは、まさしく王国を救ったのだ」
「は、はぁ……」
「改めて娘と領地を守ってくれてありがとう。心から感謝する」
ぺこりとそう言って侯爵が頭を下げた。
はるか格上の侯爵に頭を下げられると、途端に心臓が強く跳ねる。
「あ、頭を上げてください侯爵! 僕にそんな真似は……」
「恩人に恥知らずな姿など見せられぬよ。ローズは愛しい我が娘。その命を助けてくれたことを、リコリス侯爵家は絶対に忘れない。必ず君の味方であり続けようとも」
「そうですよヒスイ様。こういう時は素直にお礼を受け取ってください。でないとお父様が困りますから」
「な、なるほど?」
いまいち貴族のなんたるかを知らない僕は、ローズの言葉に微妙な反応を返す。
だが、そんなことはお構いなしでとんとん拍子で話は進められていった。
国王陛下に手紙を送ったあとは、「しばらく我が邸宅に泊まるといい」と侯爵から言われ、半ば無理やり滞在するハメになる。
そして数日後。
お茶を飲んでいた僕とローズのもとに、ローズの父親である侯爵があらわれて言った。
「お待たせヒスイくん。謁見の準備が完了したらしい」
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