第45話 緊張しすぎて吐きそう

「お待たせヒスイくん。謁見の準備が完了したらしい」


 午前中の朝、それは唐突に告げられる。


「ということは……」


「うん、日にちが決まった。明日の早朝からになるね。陛下が時間を作ってくれる」


 なぜか自分のことのように喜んでいる侯爵。


 対する僕は、いまだに不安しかないっていう。


「とうとう謁見ですか……緊張しますね」


「ふふ。そう固くならないでください。陛下はとても優しいお方です。いきなりヒスイ様を取って食べたりしませんよ」


 ティーカップをテーブルの上に置いたローズが、くすくすと笑いながらそう言う。


「ローズは国王陛下と面識が?」


「はい。これでも侯爵令嬢ですから。何度かお話くらいは」


「なら平気そうですね。ローズ嬢の言うことなら信用できる」


「ヒスイ様……」


 ローズはやや目を見開いて驚いていた。


 遅れて、瞳に喜びのような感情が宿る。


 わずかに朱色に染まった頬に笑みを刻んで笑った。


「ありがとうございます。ヒスイ様に信用されて嬉しいです!」


「知り合いなんてまともにいない状況ですから。まあ、侯爵たちしか信用できる人はいない、って言ったほうが正しいかも」


 ここ数日ですっかり彼女とも打ち解けた。


 侯爵令嬢と最初に聞いたときは、本当にびっくりしたけど、子供だからまだ話しやすい。


 彼女も肩肘張ったり、傲慢な態度を見せることもないしね。


「かと言って、あまり娘と仲良くなりすぎるのを見ると、父としては複雑な心境だよ」


 そう苦笑いで告げたあと、侯爵は仕事があるとのことで部屋を出た。


 心配しなくても、ド田舎出身の底辺男爵子息が、国に尽くす高位貴族の侯爵令嬢と結婚できるとは思っていない。


 侯爵に娘と話す許可をもらえているのだって、きっと僕が恩人であり子供だからだ。


 学園に通えば寮での生活が待っている。


 ローズともこうして気安く話す機会は減るだろう。


 そのことにわずかな不満を抱いたのは、寂しさか。それとも——。




 ▼




 時間の流れは早い。


 日課の訓練を行ったり、ローズとのんぼりお茶を飲んでいると、あっという間に二日後の早朝になる。


 わざわざ陛下の御前で無礼にならないよう、侯爵の懐から出たお金で購入された礼服に身を包む。


 キラキラと眩しいほどの装飾を見るに、かなり高級な衣類だとわかった。


 最初は、


「こんな高価な服を買ってもらうわけには……」


 と拒否したのだが、にっこり笑顔の侯爵に、


「娘の命の恩人に無礼な真似はできないよ。これから会う国王陛下にもね。それに、ウチは功績を挙げて裕福だから遠慮しないでくれ。うん、よく似合ってるよヒスイくん」


 とゴリ押しされていまに至る。


 服を一度も買いに出かけてないあたり、最初から僕にこの服を押し付ける気まんまんだったな……。


 やや窮屈な気分を味わいながらも、侯爵家所有の馬車にて王宮を目指す。


「ふふ。その装い、よく似合っていますよ、ヒスイ様」


「ありがとう、ローズ嬢。……いや、ローズ侯爵令嬢、と言ったほういいですね」


「私、堅苦しいのは苦手なのですが……これから王宮ですし、言葉使いは変えたほうがいいですね。残念ですが」


 侯爵の隣で本当に残念そうにするローズ。


 おかげで少しは緊張も紛れるというもの。


「まあ今回の謁見は、国王陛下からヒスイくんへ褒美を与えるっていう面が大きいし、されるのも質問くらいだろう。リラックスリラックス」


「あはは……わかってます」


 それができたら苦労しません、侯爵。


 ただでさえ、これまで小さな世界で過ごしていたのに、都会に出た途端、住んでる国で一番偉い人が出てくるってどういうことよ。


 質問されるって言うけどなにを訊かれるんだか……。


 徐々に不満も増していく。王宮が近付くにつれて、心臓が早鐘を打ち始めた。


 それでもなんとか冷静でいられるのは、侯爵たちとひっそり付いてきてくれる三人の女神のおかげだろう。


 ここ最近はローズや侯爵、使用人の目を欺くためにあまり彼女たちとは話せていない。


 姿は消せても、僕自身がひとり言をぶつぶつ言ってたら怪しいからね。


 侯爵のもとから離れたら、思う存分彼女たちと話さないと。


 別のことに意識を向けることで、わずかに緊張をほぐす。


 次第に、王宮がハッキリとヒスイの視界にも映るようになっていた。




 ▼




 ゴゴゴゴ、という重圧な音を立てて正門扉が開く。


 厳重な警備を通り抜けて、荘厳の前庭を越えていく。


 すでにお金持ちとしてのオーラがハンパではない。


 金のかけ方が意味不明すぎて思考がショートする。


 だが、馬車は止まらない。ゆっくりと王宮内部へ続く正面扉の前までいくと、やがて動きを止めて停車した。


「さて、と。それじゃあ三人で行こうか。国王陛下のもとへと」


 扉が開き、より一層の緊張感が漂う。

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