第46話 早期入学の件

 侯爵邸から馬車で王宮にやってきた僕とローズ。


 侯爵の背中を追って長い廊下を歩いていくと、やがてだだっ広い講堂に出る。


 その奥に見えた扉の奥こそが、国王陛下の座する謁見の間。


 不思議と扉の前から恐ろしいほど張り詰めた空気を感じる。


「緊張してるかい、ヒスイくん。顔が少しだけ強張ってるよ」


 歩きながらひそひそ声で侯爵が問う。


 僕はこくりと頷いてから微妙な笑顔を浮かべた。


「それはもう。一国の王さまとこれから会うんですからね……」


「ははっ。陛下は礼儀は不問にするとのこと。ただ言われたとおりに答えればいいよ」


「……はい」


 わかっている。


 わかっているが、やっぱり緊張はするな。


 前世でもあまり人前に立つのが好きではなかった。その弊害が来世、——現状にも影響を与えるとは。


 うるさいくらいに高鳴る心臓を抑え付けながら、とうとう僕たちは、最後の扉を越える。




 ▼




 扉を抜けた先には、黄金と白銀の世界が広がっていた。


 視界を覆いつくすほどの金銀で装飾された部屋だ。


 ただひたすらに広い。


 この中で野球やサッカーも平気で出来そうな気がするくらいには広い。


 おまけに、まっすぐ敷かれたレッドカーペットの横に、ところ狭しと並んだ複数の男女たち。


 全員の視線が、痛いくらいに僕に突き刺さる。


 身なりからして全員貴族だ。


 ——どうして他の貴族まで謁見の間に?


 そんな疑問を脳裏に浮かべながら、ゆっくりと侯爵のあとに続いて国王陛下の玉座のまえで膝を突く。


 ほんの十メートルほど先には、赤と金色に彩られた椅子に座る男性の姿があった。


 歳は四十ほどか。まだ若い。


 煌く黄金の冠をわずかに揺らし、柔らかく微笑み言った。


「リコリス侯爵、息災か」


 話しかけられたのは、僕とローズを連れてきた侯爵。


 シーン、と小さく響いた声にハッキリとした言葉で返した。


「ハッ。いまだこの体は健在でございます。これもひとえに陛下のご采配のおかげかと」


「ははは。よいよい、そのようなおべっかを聞くために訊ねたわけではない。侯爵にはずいぶんと世話になっているからな。たまにはこちらから礼をしたいものだが……」


 ちらり、と国王陛下の視線がこちらに向いた。


 何かを図るようにジッと数秒間、無言で見つめられる。


「まずは、そちらの少年のことから聞こう。彼が侯爵の娘をバジリスクから救った英雄かな?」


 にわかに謁見の間の空気が変わった。


 ざわざわ、と小さな動揺が広がる。


 この様子だと、国王陛下やその側近くらいにしか情報はいってないのかな?


 小さく、


「あんな子供が、あのバジリスクを?」


「信じられない……」


「まさに絵本の中のような英雄じゃない」


 という声が聞こえた。


 続けて、侯爵の返答が周囲の声をまとめて吹き飛ばす。


「仰るとおりです、陛下。かの者の名前は、ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス。我が侯爵領の隣に位置するクレマチス男爵家の三男です」


「ふむふむ……歳はいくつだったかな?」


「十四だと聞いています」


 二人の会話に、再び広間はざわつく。


 その声が最低限のボリュームなのは、国王陛下への配慮だろう。


 驚く周囲の声に、陛下は嬉しそうに笑いこそして止めたりしない。


「十四歳……ふふ、学園入学前の年齢ですでにバジリスクを討伐できるほど、か。よい、許す。ヒスイよ。おまえの力の一旦を見せてくれ。たしか女神フーレさまの力、〝神力〟が使えるのだろう? 光を灯すだけでいい」


「か、畏まりました」


 今度は僕への言葉だ。


 おっかなびっくり返事を返しながら、スッと右手を前に出す。


 内側に眠る神力を手のひらに集め、そこから小さな小さな光の球体を生み出す。


 わずかな光を見ると、国王陛下は満足げに頷いた。


「うむうむ。癒しの力は貴重だ。魔力や呪力も有能ではあるが、あのバジリスクを倒せるほどの神力は無視できない。我が国はおまえを心の底から迎え入れる。ようこそ王都へ。来年になったら、王立学園にも入学するのだろう?」


「——陛下、発言をお許しください」


 上機嫌な国王陛下を前に、淡々と侯爵が口を挟む。


 それに対して国王陛下は表情を変えないまま言った。


「許す。なにかな、侯爵」


「ヒスイは今後、王国を守る貴重な戦力となることでしょう。あの歳でバジリスクを単騎で倒せる者などおりません」


「そうだな。余もそう思う」


「ですので、本人の要望でもある王立学園への早期入学を提案します」


「早期入学——!?」


 侯爵の言葉に驚いたのは、周りを囲む貴族たち。


 これまでにそんな特例はなかった、と激しい動揺が広がる。


 バジリスクの話を聞いたときほどではないが、ひそひそと何度も近くの者同士で話し合っていた。


 それを、国王陛下は鶴の一言で止める。

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