第47話 ヒスイ男爵
「よい。よいではないか! それほどの才能を無駄にするな、ということだろう? 侯爵の意見には賛成だ。ヒスイは強い。ヒスイは貴重な人材だ。逃す手はないし、才能ある者には特別な待遇をするのが道理。国王の名のもとに許可する。ちょうどもうすぐ入学式だ。ヒスイよ、おまえには早期入学の許可を出す」
カンカン、と手にした錫杖で床を叩き、国王陛下は上機嫌で笑う。
その音と声に、周囲のほかの貴族の声は静まった。
「あ、ありがたき幸せ……」
意外なほどあっさりと入学を許可されてびっくりする。
たしか侯爵やローズの話によると、早期入学の前例はなかったはずなのに。
「してヒスイよ。侯爵の愛娘の話によると、失われた部位の欠損すら治すことができるそうだな。騎士の腕を治したと報告が挙がっている」
「は、はい。死んでさえいなければ四肢の欠損や臓器の復元も可能です」
「な、なんだと!?」
最後のはやはり周りの声だ。
バジリスク討伐のときより声が大きい。
「そんな馬鹿な! 神殿に所属する枢機卿たちでも不可能だぞ! まさに神の奇跡ではないか!」
「いまの話が本当だとすると、彼は神の使徒なのでは? レベルが違いすぎる」
「次代の教皇の座は決まったか」
動揺の中に、期待と不安のような感情が混ざる。
これまでとは違う異物が混ざったことにより、多分な貴族が現実を受け入れにくいものとして判断した。
——気持ちはわかる。
僕がまだ王国の利となるべき存在か図りかねているのだろう。
こちらとしては、幸せな暮らしをさせてくれるなら協力くらいはするが……。
「素晴らしい! 素晴らしいぞ、ヒスイ。四肢の欠損や臓器の復元ともなると高位の技術だ。現状、それができるのは、我が国において教皇のみ。教皇は仕事で忙しいため、君が代わりに動いてくれるならこちらは助かる。バジリスクを倒した上、癒しの力も一級品とは。この出会い、まさに運命であるな」
「まったくです。女神フーレさまの思し召しかと」
「違うけどねぇ」
のんびりとした声が頭上から落ちる。
国王陛下と侯爵の会話に割り込んだのは、上空に浮かびながらこちらを見下ろしているであろう三人の女神がひとり、話題に挙がった光の女神フーレだ。
彼女の声も、いまは僕にしか聞こえていない。
あまり余計なことは言わないでほしい。話に集中できない。
「ははは! 今日はよい日だ。ずっと会いたかったヒスイにも会え、その想像以上の才能を知ることができて余は嬉しい。ひとまず、ヒスイには十四歳での入学資格を与え……そうだな、学園のそばに使われていない建物があったはずだ」
「王家所有の屋敷が何軒かございます」
答えたのは、国王陛下の隣に立つ眼鏡の男性。
切れ長の瞳と感情を一切表に出さないクールっぷりは、まさに仕事ができる人って感じだ。
恐らくあの人が宰相かそれに近い重鎮だろう。
「うむ。ではその中で一番よい建物をヒスイにくれてやろう。当然、使用人も厳選してよこす。給料などは王家から支払われるため、屋敷の管理や雇用に関する費用は気にしなくていい。おまえはまだ子供だ。食費などすべての金を王家が負担しよう」
——ま、マジでぇ!?
思わず口から出そうになって必死に呑み込む。
絶叫しそうになった。
屋敷をポン、とくれたのも驚きだが、食費を含めたあらゆる出費を王家が負担してくれるぅ?
メイドや執事といった使用人まで用意してくれるなんて、大判振る舞いにもほどがある。
早期入学だけでも十分すぎるほど嬉しいのに、国王陛下は一体なにを狙って……。
「ふっ。その顔を見るに、ヒスイを驚かせることは成功したらしいな」
「え?」
たまらず声が出る。
陛下は笑ったまま続けた。
「恐らくヒスイは驚くであろうことを見越した提案よ。だが、決して誤解するなよ? これはヒスイへの正当な報酬だ。バジリスクという災害を退け、侯爵の娘や領地を救った。それは王国を救い、大切な臣下の身すらも助けた。よって、ヒスイへ最後の褒美も与える」
最後の、褒美?
まだ何か残っていたのか、と首を傾げる。
しかし、その内容は、僕の想像をはるかに超えるものだった。
「ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス。貴殿に……男爵の位を授ける!」
低く、それでいて威厳を感じさせる陛下の声が、広間に重く響いた。
しばらくしてから、僕はさらなる疑問符を脳裏に浮かべて呟く。
「ゑ?」
男爵? 男爵ってなんだっけ。
僕の父親のこと? アレだよね、貴族の位。
公爵、侯爵、伯爵、子爵ときて、一番低い爵位が男爵。
貴族の中でも一番の底辺だ。しかし、間違いなく貴族と名乗れる称号のようなもの。
それをいま、国王陛下はなんて?
ヒスイくんに男爵の位を授ける?
ヒスイってだれ。
…………——俺じゃん!?
今日一番のパニックになった。
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