第48話 長女との再会

「ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス、貴殿に……男爵の位を授ける!」


 国王陛下のよく通る声が、謁見の間に響き渡った。


 僕は、国王陛下がなにを言ってるのかしばらく理解できなくて、顔を伏せたままじっくり考えた。


 男爵? 男爵ってなんだっけ。


 僕の父親のこと? アレだよね、貴族の位。


 公爵、侯爵、伯爵、子爵ときて、一番低い爵位が男爵。


 貴族の中でも一番の底辺だ。しかし、間違いなく貴族と名乗れる称号のようなもの。


「ふふ。どうした、ヒスイ男爵。これより貴殿は、男爵と名乗ることを許可されたのだ。王国のために尽くしたまえ」


 国王陛下が言葉を続けると、さらなる動揺と混乱が謁見の間を埋め尽くした。


 ひとまず意味がわからないが、ここで無言を貫くのはまずい。


 ぐるぐる回る瞳を国王陛下のご尊顔へと向けると、覚悟を決めてもう一度頭を下げた。


 そして、


「謹んで……お受けします」


「うむ」


 今度こそ僕は、国王陛下の褒美を受け取った。


 その直後、周りを囲む貴族たちの動揺はさらに強まる。


 みな、言葉にはしないが、「あんな子供が爵位を授かる!?」と思ってるのを肌で感じた。


 僕とて同じ気持ちである。まさか十四歳という若さで爵位を授かるとは……。


 歴史上、初めてのことである。


 てっきり爵位は、二十歳を過ぎた〝成人〟のみが賜れるものだと思っていた。


 実際、僕以外の貴族は、全員が二十歳を超えていたはず。


 そんな疑問を表情から読み取ったのか、くすくすと笑って国王陛下が答えてくれた。


「ははっ。その困惑した顔を見れば嫌でも男爵の考えていることはわかるな。まさか十四歳という若さで爵位を授かるとは、——といったところか」


「は、はい……無礼とは存じますが、爵位を得た貴族とは成人以上の者を指すのでは?」


「たしかにその通りだ。貴族には責任がついて回る。仕事ができないヤツを貴族にしても問題が生じるだけ。これまでは成人以上になった人間を対象に爵位を授けてきた。……が、おまえは特別だ、ヒスイ男爵」


「特別?」


 顔を上げると、心底楽しそうな国王陛下と視線が重なる。


 他の貴族たちも、国王陛下の言葉に静かに耳を傾けていた。


「そう、特別。わずか十四歳にして、枢機卿クラスの治癒能力を持ち、我が臣下である侯爵の娘を助け、その上バジリスクの討伐だと? こんな天才、いくら若かろうが逃す手はない! 我が国の人間ならばなおのこと、な」


 ……なるほど。


 国王陛下が暗黙の了解を無視した理由が、なんとなくわかった。


 僕の能力が想像以上に高かったから、先に王国で囲んでしまおう、——というわけだ。


 爵位とは早い者勝ち。


 万が一にも僕が他国へ移り、帝国や皇国の貴族にならないよう先手を打ったのだ。


 それほどまでに、僕の能力は高く評価されている。


 国王陛下の話をそのまま鵜呑みにするなら、僕は教会の事実上のトップとほぼ同列ということ。


 枢機卿の上には教皇しかいない。


 王国にたったひとりしかいない教皇、その下に位置する数名の枢機卿と肩を並べられるとは、実に光景だ。


 しかし、いくらなんでも、僕に爵位は荷が重い。


 領地の運営など、あの貧乏男爵家に住んでたみそっかすの僕にできるとでも?


 新たな疑問に内心で苦笑するが、それすら国王陛下は見通していた。


「なに、安心するといい。男爵はまだ子供だ。今後、ノースホール王立学園に通うのだろう? 特待生としての入学を許可するし、おおいに青春を謳歌するといい。今すぐ領地を運営しろ! などとは言わぬさ」


「陛下の温情に感謝します」


 よかった。どうやら僕は、いきなり適当な領地を与えられずに済むらしい。


 そもそも今、王国内に余ってる土地はあるのだろうか?


「ゆくゆくは領地を運営してもらいたいが、それも数年……いや十年ほど先の話になるだろう。いまは自由に生きるがいい」


 最後にもう一度笑ってから、国王陛下は声を張り上げる。


 よく通る声が、すんなりと謁見の間に響いた。


「これにて謁見を終了とする! 言いたいことがある者は、後日、手紙でも書くといい。ああ、ヒスイ男爵はこのあと、学園のそばにある屋敷へ案内する。金のことは気にしなくていい。秘書官を付ける。好きに使え」


「恐縮です、陛下」


「うむうむ。貴殿の未来に多くの幸せがあらんことを——」


 そう言って今度こそ本当に謁見が終了する。


 すぐに僕は担当の秘書官とともに王宮を出て学園のほうへと向かった。


 入学手続きなどは王宮側がやってくれるそうなので、僕自身はなにもしなくていいらしい。


 こんなに楽でいいのかな、と思ったが、王さまからの厚意は無碍にもできない。


 授かった爵位を自分の意思で返還できないように、もらったものはそのまま喜んで受け入れよう。


 しばらくすると、来たときとは違う馬車に揺られて、一軒の屋敷の前に到着する。


 ずいぶんとデカい建物だ。今日からここが僕の家になるらしい。


 馬車から降りて正門の前に進むと、後ろから聞きなれた声で名前を呼ばれる。




「ヒスイ?」


 振り返ると、もう五年以上も顔を合わせていなかった、長女、


「——アザレア姉さん?」




 アザレア・ベルクーラ・クレマチス男爵令嬢が僕の後ろに立っていた。


 再び、再会の時が訪れたのだ。

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