第39話 噂の少年
「さて……と」
兄グレンに暴力を振るったことで、実家にいられなくなった僕は、荷物をまとめて三女神とともに王都を目指した。
「王都は向こうのほうだったかな? だれか詳しい人いる?」
「お姉ちゃんはぜんぜん覚えてません!」
「私も王都にはあまり行ってないから……」
「くすくす。フーレもアルナも頼りないですねぇ。ここはわたくしが解決しましょう」
フーレもアルナも首を横に振ったが、唯一、末っ子のカルトだけはニコニコと笑みを浮かべていた。
「カルトはわかるの? さすがだね」
「いいえ。王都の詳細な座標はわかりません。ですが……」
カルトが懐から一枚の紙を取り出す。
手渡されたその紙の表面を見てみると、なんとそれは世界地図だった。
ずいぶんと大雑把な形で、クレマチス男爵領を含む王国全体の土地の名前や形が記してある。
「こ、これは……?」
「クレマチス男爵家……つまりはあなた様の実家にあった物ですね。必要かと思ってくすねておきました」
「く、くすねて……はは、複雑だけどありがとう。これがあれば方角くらいはなんとなくわかる」
地図を見つめて、かなり適当に王国の位置を把握した。
長いことクレマチス男爵領に身を置いていた女神たちの情報が役に立つ。
地図に記載されている目印が、どの方角かを教えてくれた。
そのおかげでクレマチス男爵領が、王国の北西にあることが判明。
距離はそれなりにあるが、魔力を使って走れば一日か二日で到着するだろう。
太陽の位置を確認して、〝収納袋〟に地図を突っ込む。
「よーし、それじゃあ気合を入れて走ろうか」
「いまのヒスイなら十分に魔力はもつわ。それに、いい訓練にもなるわね」
魔力を全身に行き渡らせる僕を見て、宙に浮いた戦の女神アルナがそう言った。
「だね。久しぶりにかなり魔力を使うし、できるだけ早く着けるよう頑張るよ」
「無理はしないように」
「了解」
しっかりとアルナの言いつけは守る。
最後にグッと背筋を伸ばすと、応援してくれる三女神に親指を立てて走り出した。
ぐいっと視界が高速で切り替わる。
肌に感じる強い抵抗と空気を切り裂きながら、凹凸の激しい獣道を抜けていく。
方角は調整したので、あとはまっすぐ森を突っ切るだけだ。
道中の魔獣たちを無視して、ひたすら僕は走り続けた。
▼
ヒスイがクレマチス男爵領を出発してすぐ、王都の王宮内部ではにわかに騒ぎがあった。
それは、国王陛下が座す謁見の間にて。
荘厳な玉座に腰を下ろす老齢の男は、歳のわりには若かった。
魔力によって鍛え抜かれた肉体は、相貌も含めてまだ三十と言われても信じてしまう。
そんな不思議な若々しさを保つ男は、手にした錫杖を軽く床に打ちつけ口を開いた。
「……侯爵の話は本当か?」
「ええ、決してウソ偽りではないと断言します。我がリコリス侯爵家の名にかけて」
国王陛下の問いに答えたのは、同じく年老いたひとりの男性。
服の上からもわかるほど隆起した筋肉と鋭い瞳は、まさしく歴戦の猛者を彷彿とさせる。
男の名前はガレウス・ミル・リコリス。
かつてヒスイが、バジリスクから助けた少女ローズ・ミル・リコリスの父親である。
「では本当に、侯爵の娘とその護衛の騎士をバジリスクから助けた少年がいると。それは……」
「にわかには信じられませんな」
国王の沈黙を、隣に立ったもうひとりの男性が切り裂く。
宰相という役職をあずかるその男からすれば、バジリスクほどの怪物をたったひとりの、それも少年が倒せるとは思えない。
だが、目の前のリコリス侯爵は、生粋の剣士。
これまで多くの魔獣、魔物たちから激戦区と言われる王国北東部を守ってきた英雄だ。
真面目で堅物な印象のあるその男が、ホラを吹くなどとも思えない。
「宰相の気持ちも理解できる。余も信じられない話だとは思う。しかし、リコリス侯爵の娘やその護衛騎士が証言するならば、あながちウソとも言えないだろう。面白い」
くすりと笑って国王陛下はもう一度錫杖を床に打ちつける。
今度は甲高い音が鳴った。
「その少年が実在するのなら、ぜひとも我が王国に迎え入れたい。聞くところによると、その少年も王国の民なのだろう?」
「おそらくは。我が侯爵領にいたので」
「であれば、バジリスクを倒せるほどの少年を逃す手はない。探し出し、褒美とともに迎え入れるのだ。決して逃がしてはならんぞ!」
「「はっ」」
国王陛下の鶴の一声ですべてが決まった。
報告を聞いたリコリス侯爵ですら、いまだに娘の話を信じきれていない。
仮に自分が同じ立場だったとすると、歴戦の猛者ですらバジリスクを単独で討伐することなど不可能だ。
それができるのは、王国内でもたったひと握りの伝説を持った三大公爵家……その筆頭くらいだろう、と。
しかし、国王陛下が命ずるのなら必ずやその少年を見つけてみせる。
そう心に刻み、ヒスイの知らないところで新たな企みが起こる。
その果てに、どんな出会いを果たすのか。
この時はだれも知らなかった。
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