第38話 王都へ

 アルメリア姉さんと抱擁したあと、別れを告げて部屋を出た。


 彼女は、最後の最後でしばらく僕に会えないと思うと、涙を流していたが、それでも止まるわけにはいかなかった。


 自室を軽く見渡して忘れ物がないことを確認すると、正面入り口を避けて裏口から外へ出た。


 体に魔力をまとわせると、強化された脚力で地面を蹴って森のほうへと移動する。


 すでに女神たちはそこにいると信じて。




 ▼




「お疲れ様、ヒーくん」


 ここ数年、毎日のように顔を合わせていた集合場所に到着すると、予想どおり三女神たちの姿がそこにはあった。


 まず最初に、母性を滲ませる光の女神フーレがにぱっと笑う。


「遅れてごめん、みんな」


「ううん。事情は知ってるよ。あのバカ男をボコボコにしてて、めっちゃスッキリしたよ~!」


「そう。あなたは悪くない。すべてはあの男の自業自得」


「くすくす……われわれ三人で眺めているあいだ、ずっと静かにあなた様のことを応援していたんですよ?」


 フーレが嬉しそうに拳を突き出し、戦の女神アルナが当然と言わんばかりに頷く。混沌の女神カルトが静かに笑うと、感じていた不安も一気に霧散した。


 最初から彼女たちは僕の味方だと思っていたが、さすがに展開が急すぎて動揺するかも? と考えていたが、そんなことはなかった。


 むしろようやく、「あのバカが痛い目をみた」くらいの感覚でしかない。しかも普通にその様子を見られていたらしい。


 理性の欠片もない暴走状態を見られたと思うと、少しだけ恥ずかしくなった。


「あ、あはは……そう言ってもらえると助かるよ。じゃあ、これからどうする予定かも知ってる?」


「もっちろん! あの家を出て王都を目指すんでしょ? ヒーくんの考えなんて、お姉さんにはお見通しだよ~」


「どこへでもついて行くわ。それが私たちの約束。今さら違えたりしないし、ヒスイの居場所こそ私たちの居場所」


「ええ、ええ。ずっと一緒にいると誓った以上、片時も離れたくないのです。これで誰の目も気にすることなくあなた様と一緒にいられますわ」


「いやいや、王都でも人の目は気にしようね? 僕、空に向かって喋る痛い子になるからさ」


 姿を見せたらパニックになるし、かといって姿を見せなくても僕が怪しい人間になる。


 どちらがマシかと言われれば後者だが、積極的に変人になるつもりはない。


 やたら楽しそうな彼女たちに釘を刺しつつ、僕もまた嬉しい気持ちでいっぱいになった。




 もう僕は一人じゃない。支えてくれる新たな家族がいる。


 そして王都には、僕を待っている家族もいて、ここにも家族がいる。


 必ずすぐにでも連れて行くからね……アルメリア姉さん。


 ちらりと家の方角を一瞥してから、僕は王都があると思われる方向へと足を向けた。


「さあて……ここから王都まではどれくらいの距離があるんだっけ?」


「たしか、あなた達の家族によると、馬車でも数日はかかるらしいわよ」


「っていうことは、ヒーくんなら走ってすぐに着くね!」


「くすくす。こういう時は非常に便利な力ですね、魔力とは」


「まるで私の力が走ることしかできないような言い方ね、カルト」


「誤解です。ええ」


「本当かしら」


 森の中を歩く僕の隣や背後で、女神たちが姦しく騒ぐ。


 出ていく時も慌しかったが、旅立ちの最中まで騒がしいとは……。なんとも僕らしいといえば僕らしい。


「どうせ入学するのは来年になるかもしれないんだし、早く行くよりゆっくりいく? 道中、他にも街が一つだけあるらしいよ」


「あ、それはいい考えだね、ヒーくん。魔物の素材を売れば少しくらいはお金も手に入るし、最悪、いままで貯めた肉を食べればいいし!」


「くすくす。わたくしが呪力でお金を作り出してもいいのですよ? それくらいお安い御用です」


「世界経済を破壊しそうな行為だね……え、遠慮しておくよ。バレたら困る」


 極刑なんて生ぬるいレベルの罰が待っているんじゃないか? 恐ろしくて夜も眠れない。


「本物と同じ材質、同じ形にするので偽者ではありませんよ?」


「そういう問題じゃないのよ、カルト。世の中にはね、決まった人しかお金を作っちゃいけないの」


「なぜ」


 僕の代わりに、女神アルナがカルトに説明してくれる。


「誰もが好き放題お金を作ったら、相場も流通もなにもかもが狂うわ。そもそもお金という概念自体が破綻する。だから、作る人を限定し、過剰にばら撒かないの。経済を崩壊させないようにね」


「……なるほど。ではわたくしが硬貨を作ると、どんどん数が増えていろいろな人が困ると」


「ええ。数年くらいなら平気でしょうけど、数十年ともなると世界的混乱が巻き起こる可能性もあるわ」


 まあ、僕も含めてだれもその手の話には詳しくない。アルナの説明だって憶測を含めたものだ。


 ハッキリとした答えは出せないが、とにかく、勝手にお金を作るのをまずいよね、ってことでカルトも納得してくれる。


「要するに、自分で稼いだお金が一番ってことだね。みんなのためにも、たくさんお金を稼ぐよ」


「お姉ちゃんも協力するからね!」


「もちろん私もよ」


「お任せください、あなた様」


 フーレが、アルナが、カルトが、それぞれ僕のそばに寄る。


 若干歩きにくくなったが、それでも彼女たちの想いは嬉しかったので口には出さなかった。


 木漏れ日の下、僕ら四人は仲良く王都を目指す。


 その道のりに、微塵も不安はない。


———————————————————————

あとがき。


毎日6話投稿、少しだけ忙しくなりましたが、いまのところ問題ありません。


温かいお言葉をくださった方々、ありがとうございます!

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