第214話 海水浴
僕が王国に帰ってきて二週間。
家族サービスをしたり、陛下に帝国の情報を渡したり、家族サービスしたり。
休みも含めてそれなりの時間が過ぎた。
そろそろ学園に復帰する。
「うーん。こうして学園の外観を見るのはずいぶん久しぶりな気がするなあ」
僕は馬車に乗って学園の正門をくぐった。
ここから先は馬車を降りて徒歩で校舎に入る。
僕の姿を見るなり周りの生徒たちがじろじろ視線を向けてきた。
「? なんだ? 注目されているような……」
「ヒスイ伯爵~! おはようございます!」
「マイア殿下」
校舎に入る直前、入り口にいた彼女が手を振ってこちらにやってくる。
僕はぺこりと頭を下げて挨拶した。
「おはようございます。もしかしてその様子……僕のことを待ってましたか?」
「はい! ヒスイ伯爵が登校するという話を聞きまして!」
「——」
ぞくりと背筋が震えた。
僕は今日、この日に学園へ登校すると彼女には伝えていない。
彼女どころか家族以外には伝えてなかった。
果たして誰が彼女に教えたのか。どうやって知ったのか。
僕は急に恐ろしくなった。マイア殿下が。
「ヒスイ伯爵? どうかしましたか?」
「い、いえ……今日はなんだかやたら注目されているような気がして」
僕は彼女から視線を逸らして話題を変えた。
「ああ、それなら無理もありませんね」
「マイア殿下は理由をご存じなんですか?」
「ヒスイ伯爵以外はみんな知ってますよ。というか、伯爵もよくご存じでしょう?」
「僕も?」
「子爵から伯爵への陞爵ですよ」
「あ」
言われて初めて気づいた。
そうだ、僕はつい最近子爵から伯爵になった。
その話は、貴族が多く通うこの学園の生徒にも伝えられたはず。恐らく両親経由で。
やたら注目を集めていたのはそれが理由かあ。
てっきり久しぶりに登校するからもの珍しい目で見られていたのかと思っていた。
「なるほど……珍しいですからね、陞爵は」
「それだけではありません。ヒスイ伯爵は最年少で伯爵の位を賜った貴族。最近まで男爵子息だったのに」
「運がよかっただけですけどね」
立て続けに問題が起きたからこそ僕は最短で伯爵になれた。
それ以上の理由はない。どれか一つでも欠けていたら子爵のままだっただろう。
「ご謙遜を。確かにここ最近でいろいろありました。一年の中でも一番忙しい時期でしたね。しかし、それを解決できたのはひとえにヒスイ伯爵の能力があってこそ。それだけは確かですよ」
「ありがとうございます」
褒められるのは悪くない。素直に受け取っておく。
「いえいえ。では教室へ行きましょう。伯爵にはお伝えしたいこともありますので」
「伝えたいこと?」
歩き出したマイア殿下の背中を追いかけながら僕は首を傾げた。
なんだろう、伝えたいことって。
▼△▼
マイア殿下と共に教室に入る。
僕が教室に入った途端、クラスメイトたちが一斉にこちらへ視線を向けた。
今すぐに話しかけたい——というオーラを漂わせていたが、マイア殿下がいたためみんな遠慮してくれる。
まさかマイア殿下が防波堤の役割になってくれるとは……内心で彼女に感謝した。
そしてマイア殿下と僕は席に着く。腰を下ろし、改めて話をする。
「聞いてください、ヒスイ伯爵!」
真っ先にマイア殿下はそう言った。
パン、と両手を合わせてはにかむ。
「夏休みの予定が埋まりました。今年はヒスイ子爵と海洋都市へ旅行です!」
「ということは……アネモネ様から許可をもらえたんですね」
「ええ。彼女とわたくしは仲良しなので快く。ふふ。今から楽しみですわ」
「夏休みまであとちょっとですからねぇ。僕も早くアクアビットに行きたくてうずうずしてます」
「まあまあ。そんなにわたくしと……」
「? 何か言いましたか、マイア殿下」
彼女は僕の目の前で何か呟いた。
しかし、急に周りがうるさくなってよく聞こえなかった。わたくしがなんとかって。
「いえいえ。それより、アクアビットには美しい海面が広がっています。暑い時期は泳ぎに来る貴族が多いとか。わたくし、もう水着を選んだんですよ」
「あー……そっか。すっかり忘れてました」
海洋都市なんだから海水浴くらいするよな。日本文化に浸りたくてすっかり忘れていた。
この異世界にも水着はあるらしいが、僕は一着も持っていない。出かけるまでに買っておかないと。
「ふひ。ヒスイ伯爵と海で……ひひ」
「マイア殿下?」
妙に彼女の顔がだらしないものへと変わった。
背中に悪寒が走る。
「おっと。すみません、見苦しい姿を見せて」
「いえ、それより何を考えていたんですか?」
「ヒスイ伯爵と沢山遊べるといいなって」
「そう、ですか」
もっと邪なことを考えてるとばかり思ったが、僕の気のせいだったらしい。
人を疑うのはよくないね。マイア殿下が何かするとは思えない。
……こともないが、アネモネもいるし大丈夫だろ。
やや不安は残るものの、思考を即座に切り替えてマイア殿下と雑談を続ける。
十分ほどすると校内中にチャイムの音が響き、授業が始まった。
久しぶりの授業は、前世の経験があったからさして問題はない。
この世界の勉学は前世に比べてやっぱり劣っているからね。
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