第215話 お祈り
久しぶりに学園に登校した僕。
これまでの時間を埋めるように、マイア殿下やローズ、アネモネたちと一緒に話をしたり能力を指導したりと穏やかな時間を過ごした。
気づけば月日はどんどん流れ、およそ二週間後。
長い長い夏休みが始まる——。
☆
「ヒスイ! 夏休みよ!」
僕の部屋の扉を開け放って入って来たのは、同じ髪色の女性——コスモス姉さんだった。
瞳を輝かせながらベッドに横たわる僕の傍に駆け寄る。
「コスモス姉さん……まだ早朝なんだけど?」
「もう夏休みよ、ヒスイ! 寝てないで沢山遊ばないと!」
「いやいや、落ち着こう姉さん。夏休みは逃げないんだからのんびりしないと」
「私ジッとしてられないわ! 来週にはヒスイがどこかに行っちゃうもの!」
「皇国にある海洋都市アクアビットね」
「そうそれ! だから今のうちに遊んでおかないと!」
「気持ちは解るけど眠いよ……」
なんで日が昇ったばかりの時間から遊び始めるんだ。普通、もう少し後でもいいだろうに。
「気持ちが逸って早く起きちゃったわ!」
「コスモス姉さんらしいね」
彼女はいつでも元気いっぱいだ。
僕たち姉弟の中では一番ね。
逆に姉弟の中で一番落ち着いているのがアルメリア姉さん。彼女と話していると眠くなる。
「そもそも何をして遊ぶの? 子供じゃないんだし、玩具を使ってもしょうがないよね」
「ヒスイはまだ十四じゃない」
「姉さんだって十六だよ」
僕たち揃って子供だった。
「十六歳は立派なレディよ。失礼しちゃうわ」
ぷんぷん、とわざとらしくコスモス姉さんが怒る。
そうか、十六歳にもなると立派なレディなのか。
僕もあと二年したら立派な大人の男性と言えるのだろうか?
少しだけ疑問が残った。
「でもヒスイの言葉は正しいわ。今更玩具で遊んでも面白くない。そこで私は考えて来たの! どこに行ったら面白いかって」
「どこかに行くんだ」
「当たり前じゃない。屋敷の中で遊んでてもつまらないわよ」
「アルメリア姉さんはいつも楽しそうだけど」
「アルメリア姉様は本の虫だもの。同じに考えちゃダメ」
アルメリア姉さんに対して酷くないかな? いや本当のことだけど。
「私たちには私たちに相応しい場所があるわ!」
「相応しい場所?」
そんな所あるかな?
甚だ疑問だったが、彼女はドヤ顔で答える。
「——神殿よ!」
「し、神殿⁉」
神殿ってあの神殿か?
大半の貴族より権力を持つという神官の住む聖域——神殿?
なんでそんな所に行きたいんだ?
「どうして急に神殿なんかに」
「ヒスイはフーレ様たちから寵愛を受けているでしょ? たまには足を運んでもいいんじゃない?」
「そう言われてもね……」
「私たちずっと一緒にいるし」
「フーレ様!」
会話に出てきた光の女神ことフーレが姿を現す。
他にも戦の女神アルナ、混沌の女神カルトまで姿を見せた。
「やっほー。ヒーくんが神殿に行くとか聞いて出てきちゃった。別に私たちは気にしてないよ~? 信仰なんて概念は人間が勝手に生み出したものだしね」
第一、フーレたちは神様じゃない。精霊だ……とはコスモス姉さんの前では言えないな。
彼女の信仰心を砕く必要はない。フーレもそう思ったからこそ言葉を濁したのだろう。
「女神様たちへの感謝を祈りという形で示すんです! フーレ様たちがよくても、私たちは祈りたいんですよ!」
おお? 珍しくコスモス姉さんがフーレたちに反論した。
普段は女神の言葉は絶対正しい、とか言い出すのに。
それだけ彼女の信仰心は強いってことか。
「あはは。そう言ってくれると嬉しいなあ。せっかくだし、たまにはいいんじゃない? ヒーくん」
「掌返しが酷いな、フーレ」
さっきまで別にいいとか言ってなかったか?
「だってコスモスちゃんがここまで言うんだよ? 私たちもヒーくんがたっぷり褒めて祈りを捧げてくれると嬉しいし~」
「確かにね」
「アルナまで」
「くすくすくす。諦めて神殿へ行きましょう、あなた様」
「カルトぉ」
ダメだ。拒否してくれる味方が僕の周りには一人もいなかった。
ハァ、と盛大にため息を吐いて肩をすくめる。
どうやら本日の僕の予定は決まったらしい。
あんな嬉しそうに笑っているコスモス姉さんを見て、今更「やっぱりめんどくさいから行くのはやめよう」とは言い出せなかった。
マジで眠いが我慢するしかない。
ベッドから降りて、欠伸を噛み殺しながら準備する。
——それにしても神殿か。
なんとなく、前世の記憶を持つ僕は、神殿や教会といった信者たちの集まりに懐疑的な視線を向けざるを得ない。
もちろん信者たち全員が悪いとかそういうわけじゃないが、一部の信者が暴走するのもまた事実。
前回、学園を襲撃したのだってカルトを信仰する邪教徒たちだった。
それを踏まえて心の底から女神たちに祈りを捧げられるのかは……微妙である。
感謝だって普段から沢山伝えているしね。
まあ頑張るか。先入観はよくない。
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