第216話 神殿と権力

 着替えを済ませて部屋を出る。

 すでに準備を済ませていたコスモス姉さんと合流し、僕たちは馬車で街の一角、神殿へと向かった。




「そういえば僕は初めて神殿に行くな。どういう所なの、コスモス姉さん」

「フーレ様たちと一緒にいるのに一度も神殿に行ったことがないなんて……ヒスイ、クレマチス領の教会にもほとんど行かなかったもんね」

「縁がないもので」

「なんでよ」


 ジト目でコスモス姉さんに睨まれる。


 そんなこと言われても、教会や神殿に行く用事なんてないよ。

 姉さんが言ったように、僕の傍には信仰されてる女神そのものがいるからね。

 祈りも感謝も直に伝えられる。


 そもそも三人は女神ですらなかった。


「まったく……たまには神殿に行きなさい。ヒスイは伯爵家当主なんだし、きっと喜ばれるわよ」

「金か」


 出たよ寄付金。

 神殿や教会に送るお布施ね。


 僕は確かに貴族だ。今や伯爵家当主。

 ドラゴンスレイヤーの称号もあるし、誰だって喜ぶだろう。

 だが、用途不明な場所に寄付するほど愚かじゃない。


 そういう意味だと、今回神殿に行くのは悪い話ではなかった。


 聞くところによると、神殿の一角には孤児院があるらしい。

 子供たちは無罪だ。明日も知れぬ生活に不安を抱えているはず。

 まあ王都の孤児院が貧窮してるとは思えないけどね。

 多くの貴族から支援金みたいなのを受け取っているだろうし。


 わざわざ僕が金を出すほどではない。

 それでも様子を見たいのは、万が一のことを考えて。


「もう! 下世話な話をしないの! ……と言いたいところだけど、間違ってないわ」


 コスモス姉さんは少しだけ顔色を悪くした。


 何か知ってるのかな?


「神殿の権力がどれくらいあるかヒスイは知ってる?」

「高位貴族並みだね。枢機卿でそれだ、最高位の教皇は国王に匹敵すると聞いてるよ」


 この世界の信仰は多岐に渡る。


 たとえば王国内だと世界的に有名な三女神。

 皇国だと日本神話みたいな別の神様が崇められているらしい。

 帝国は微妙だな。あの国は信仰をあまり許可していない。ゆえに、崇める神もいない。


 かつて三女神がその地を訪れたことだけあって、どちらかと言うと王国の信仰に近いが。


 だからこそ、王国内において枢機卿と教皇の権力は高い。

 これが世界規模の唯一神とかだったら、国王より偉いんだろうなぁ。


 この世界の権力のありようはよく解んないから、大雑把にそんな解釈をしている。


「その教皇がね、金に貪欲なの」

「え? 一番偉い立場の人間なのに?」

「国王、皇帝、天皇と変わらないわ。最初は真面目でも能力だけあるゲスがその座に座ることもある。今の教皇は、信仰を利用してるとさえ陰で言われてるの」

「なんで代表を変えないんだろう」


 そんなの信仰に対する冒涜であり、信仰への疑問に繋がる。


「一部の人がそう感じてるだけで、実際に証拠も何もない。それに、今更誰も彼もが必死に信仰心を口にしてると思う?」

「それは……そうだね」


 前世でもそうだった。

 国王がいくら無能でも、代々築いてきた経歴に騙される。

 汚職しようと、仕事をしなくても無意識に「なんとかなるだろう」と誰もが考える。


 人が多いってことは、それだけ他人任せの者が増えるってことだ。

 貴族だって別に不自由してなければ文句は言わない。

 仮に平民の暮らしが脅かされても、自分たちさえよければそれでいい。


 だから誰も動かない。


 言いたいことは解る。

 不愉快ではあるが。


「だからヒスイを連れて行って確認したいの!」

「確認?」

「神殿の実態をね! ヒスイがいればきっと奥のほうまで入れるわ」

「だから急に神殿に行こうとか言い出したのか」


 これが理由なのね。


「ごめんなさい、ヒスイを利用するような真似をして」


 コスモス姉さんは頭を下げた。

 けど僕は笑う。


「ううん、いいよ。姉さんがそうしたいなら僕も手を貸す。いらないと思っていた爵位が役に立つなら、僕も本望だ」

「ヒスイ……大好き!」

「おわっ」


 急にコスモス姉さんに抱き付かれる。

 馬車の中で暴れるのはよくないよ。


 凄い力で抱き締めてくる姉さんの背中を撫でながら、僕もまた考える。

 これから行く予定の神殿に関して。











 馬車で移動すること数十分。

 僕たちを乗せた馬車は巨大な建造物の前に到着する。


 扉を開けて外に降りると、見上げるほどの白亜の神殿を眺めた。


「ここが神殿かぁ。遠くからでも解るくらい大きかったけど、実際に近づくと圧が凄いなぁ」

「大昔から建てられたものだもの」

「老朽化とか大丈夫なの?」

「定期的に補修されてるわ」

「だよね。じゃあ行こうか」

「うん!」


 コスモス姉さんの案内で僕たちは神殿の中に向かっていく。

 その際、ちらりと近くで子供の姿が見えた。


 子供の服装は平民のような恰好。少しだけボロく、純粋な眼差しで僕を見つめている。


 彼はこの神殿の孤児院で生活する子供かな?


 僕と目が合うなりすぐに逃げてしまった。


「ヒスイ? どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 足を止めた僕に怪訝な目を向けてくるコスモス姉さん。

 先ほどの子供は気にせず、僕は再び歩き出した。


 何が待ってるのかな?

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