第213話 女同士のお話(殺伐)

 マイア殿下の前でうっかり口を滑らせてしまった——のか?

 急に彼女の瞳からハイライトが消えた。

 睨むように僕を見つめる。


「今、ヒスイ伯爵はなんと仰いましたか?」

「よ、予定があります」

「何の予定でしょう。誰と、どこで、何をするのですか?」

「それは……その……」


 な、なんだ? マイア殿下から凄い圧を感じる。


 別に僕は何かやましいことをしに行くわけじゃない。普通にアネモネと夏休みを利用して旅行に出かけるだけだ。

 目的は皇国の文化に触れること。


 しかし、それを言ったら確実にマイア殿下が怒る予感がした。

 理由は解らない。でも解る。確実に、怒られる。

 だから僕は口を噤むことにした。


「秘密、です。相手側にも悪いですし」

「知っていますか、ヒスイ伯爵」

「え?」

「ドラゴンスレイヤーが相手でも、不敬罪は成立するんですよ」

「マイア殿下⁉」


 彼女は何を言ってるんだ⁉

 いきなり脅されて僕は焦る。


「牢屋の冷たい空気に晒されたくなければ、どこに誰と行くのか教えてください。別にやましいことではないのでしょう?」

「そうですけど……絶対に?」

「絶対に」


 うーん。これは教えないと本当に牢屋にぶち込まれそうな雰囲気だな。

 僕を正しく裁くことはできないだろうが、何日か監禁しておくことは可能だ。

 そんなことされたくないので、諦めてゲロる。


「実は、アネモネ様と海洋都市アクアビットに出かける予定なんです」

「あ、アネモネ様と⁉」


 なんですって——⁉ と言わんばかりにマイア殿下は驚く。

 拳を強く握り締め、彼女は呻くような声で呟いた。


「まさか彼女に先を越されるなんて……! それも旅行? 許せない!」


 ぐぬぬ、と怒りを見せるマイア殿下。

 この様子はもしかして……。


「マイア殿下は、ひょっとして一緒にアクアビットに行きたかったんですか?」


 僕はそんな気がして訊ねてみた。

 すると彼女は、数秒ほど間を置いてからもの凄い勢いでこくこく頷いた。


「そうです! そのとおりです! 実はわたくし、ずっとアクアビットに行きたいと思っていましたの! ヒスイ伯爵の旅行にわたくしも混ぜてください! ぜひ!」

「お、おお……」


 顔をぐいぐい近づけて懇願してくるマイア殿下はちょっと怖かった。


 でもそっか。マイア殿下もアクアビット——皇国の文化が気になるのか。

 僕は前世の知識を持ってるがゆえに気になるが、彼女の場合は単純に他国だからかな?


 それなら別に拒む必要はない。ここまで話しておいて彼女を放置するのも可哀想だし、僕はその想いに応える。


「解りました。じゃあアネモネ様にマイア殿下のことを伝えておきますね。彼女が宿の予約などをしてくれるそうなので」

「あ、でしたらわたくしがアネモネ様に実際にお会いして話をつけてきます。きっとそっちのほうがいいでしょうからね」

「? はぁ。マイア殿下がそれでよければ僕は構いませんよ。よろしくお願いします」


 やけに張り切ってるな、マイア殿下。

 そんなにアクアビットに行きたかったとは思わなかった。

 一人増えたが、一人くらい増えても何ら問題はない。


 旅行に関してマイア殿下と話しながら、どんどん僕の想像は膨らんでいく——。




 ▼△▼




 数日後。


 ヒスイから話を聞いたマイアは、一人、アネモネのいるグリモワール公爵邸へ足を運んでいた。

 そこで公爵令嬢アネモネと顔を突き合わせる。


「ごきげんよう、アネモネ様」

「ごきげんよう、マイア殿下。どうしたんですか、わざわざ我が家にお越しになるなんて」

「本日はアネモネ様に伺いたい話がありまして」

「その様子だと……ヒスイ伯爵との件ですか」

「正解です」


 マイアはにこりと笑った。

 対するアネモネは、やや頬を引きつらせる。感情としては、「もうバレたのか」だ。


「いやあ、わたくしは幸運でした。ヒスイ伯爵の下を訪れた際に、たまたま話を聞けたんです。夏休みを利用して海洋都市アクアビットに旅行へ出掛けると」

「それはそれは。せっかくの秘密だったのに、話してしまったんですか。ヒスイ伯爵を脅したりなんてしてませんよねぇ?」

「まさか。うふふ」


 マイアは否定らしい否定をしなかった。


 アネモネは察する。

 あ、これ脅したな、と。


「それで? 旅行の件がどうかしましたか? マイア殿下には関係ありませんけど」

「いえいえ。ヒスイ伯爵は快く了承してくださいましたよ? 旅行について行ってもいいと」

「ッ」


 これはまたしても脅されたな、とアネモネは理解する。

 ヒスイの性格上、決して自分からマイアを誘ったりしないだろう。するように仕向けた可能性はあるが、口ぶりからして無理やりねじ込んできた可能性のほうが高い。


 内心でアネモネはため息を漏らす。

 ここにきて全てを理解したからだ。


「なるほど。それで、日程などを管理するわたくしに話をしに来たと」

「はい。アネモネ様がわたくしを蔑ろにするとは思えませんが、一応、しっかり声をかけておかないといけませんからね」

「ふふ。そうですね。構いませんよ」


 表面上は笑っているが、内心アネモネは何度も舌打ちする。

 せっかく彼女を出し抜いたのに、と。


 権力を笠に着る彼女に、初めて強い敵意を向ける。


 二人の会話はそのまま進んだ。どちらも笑っているのに目が笑っていなかった。


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