第76話 大人気になる

 春の日差しが世界を照らす。


 現在異世界の暦は、僕の入学シーズンを指す四月の頭に入った。


 支給された特別な素材で作られた制服に袖を通し、朝からコスモス姉さんとローズ、それに第一王女のマイヤ殿下に囲まれて入学式へ挑む。


 コスモス姉さんは僕と違って二年生だ。すでに在学生であり、入学式はないので普通に授業がある。


 校舎の中で彼女と別れると、僕は残った二人の女生徒と共に入学式の会場へ足を踏み入れた。


 長い学園長の話が終わると、国王陛下の指示で設けられた新入生代表挨拶が行われる。


 選ばれたのは当然僕だ。


 学園長に名指しで呼ばれる。「はい」と答えて席を立つと、事前に新入生代表挨拶が行われることを知らなかった他の生徒たちから、たくさんの好奇の視線が向けられた。


 針の筵状態だ。たいへん気まずい気分を抱きながらも壇上へあがる。


 シーン、と静まり返った建物の中、僕はお決まりのテンプレ挨拶を済ませると、新入生代表に選ばれたを彼ら彼女らに披露する。




 まずは右手で魔力を練りあげ。


 次に左手で神力の光を宿した。


 最後に、今回が初お披露目となる呪力を操り、空中にさまざまな宝石を生み出した。




 右手に宿る紺色のオーラ。


 左手は神々しく輝き。


 周囲に浮かんだ宝石が、窓から差し込む陽光を反射してより煌びやかな雰囲気を放つ。


 これこそが僕が用意した三属性による披露だ。


 世界初となる衝撃に、集まった生徒たちはみなポカーンと口を開けたまま放心する。


 無理もない。彼らは初めてみるのだ。すべての属性を持つ規格外の人間を。


 中空に浮く宝石を見れば、自ずとその答えが示され、遅れて館内に壊れんばかりの歓声が響いた。


 続々と生徒たちの感想が聞こえてくる。


「おいおいおい、誰だよあいつ! いや、あの人は!」


「新入生代表ってなんのことかと思ったけど、ありえないバケモノが出てきたぞ!」


「あの色は……まさか魔力? ありえない! 魔力が視認できるほど集まっているなんて……!」


「それだけじゃない、神力にあの宝石は……じゅ、呪力、だよな? 全部の力が使えるのか?」


「嘘だろ? 他の誰かが協力してるだけだよな? だって、そんな話……昔話にだって出てこねぇぞ!?」


「創作の中の英雄だって二つの能力を持っているくらいなのに……彼は、あの方はそれすら超えるというの?」


 わーわー、きゃきゃーと会場内がうるさい。


 もはや教師たちがいくら注意しても、生徒たちの歓声は止まなかった。


 学園長も困惑していたが、この状況は予想どおりといえば予想どおりなのだろう。


 僕の後ろにやってくると、


「も、もういいよ。席に戻ってくれ。ありがとう」


 やや焦りを含んだ声でそう指示し、僕はそれに従って席に戻った。


 直後、周りの生徒たちからものすごく話しかけられたが、そろそろ入学式は終わりだと学園長がとびきり大きな声を出す。


 キーン、と鼓膜に響く声を聞いて、その場にいた生徒たち全員が一斉に黙る。


 腐っても大半が貴族子息や令嬢なだけあって、落ち着くのも早い。


 元気いっぱいな子供という点を除いても、意外とみんなしっかりしていた。




 ▼




 驚きありの入学式が終わる。


 集まった新入生たちは、クラスが前のほうから順番に講堂を出ていく。


 僕のクラスは前のほうだったのですぐに教室へ向かった。


 道中、同じクラスの生徒たちからの質問攻めがえぐい。

「どどど、どういうことですかヒスイさま!? ヒスイさまは三つの属性すべてが使えたんですか!?」


「呪力も使えるなんて凄いですね、ヒスイ男爵! 爵位もあるなんて……素敵」


「あはは……できればひとりずつ質問してくれると嬉しいな。僕は聖徳太子じゃないから……」


 同時に言われても思考がこんがらがる。


 ひとりずつ、ゆっくりと、わかりやすく質問してほしい。


「ショウトクタイシ? なんですか、それ」


「過去にいた偉人かな。十人もの人と同時に会話できたらしいよ」


「バケモノですか!?」


「口が十個あったって意味じゃないからね」


 それはたしかにバケモノだ。僕が言いたいのは、十人に話しかけられても会話ができた人ってこと。


 今のは僕の説明も悪かった。


 というか、やっぱりこの世界には聖徳太子はいないよね。似たような人もいないっぽい。


「ヒスイ男爵は博識ですね。その知識の深さを見込んで、ぜひ私の専属講師になりませんか!? 魔力の使い方を教えてください! 手取り足取り」


「手取り足取り」


 なんでさ。


 君たち貴族の令嬢なんだから僕よりもっと相応しい人が呼べるだろ。


 能力という意味ではたしかに僕は優秀かもしれないが、まだ若いし、人に教える能力は劣っている。


 もちろん自信もなかった。


「残念だけど僕には荷が重いかと。まだ十四歳の子供ですから。王国にはもっと教えるのに適した人がいますよ」


「いないだろ! ヒスイ男爵より適した人なんて! あの公爵家の人間だって……ごほん! いやなんでもない」


 公爵家? それって前に会ったペンドラゴン公爵と同じくらい偉い人のことか。


 そういえばこの国の三大公爵家のメンバーは、それぞれ魔力・神力・呪力のエキスパートらしい。一度でいいから会ってみたいな。


 なんとなくそう思った。

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