第75話 新入生代表挨拶

 ノースホール王立学園。


 王族が、才能のある子供を国の管理下に置くために設立された施設だ。


 ここでは魔力、神力、呪力を持った十五歳から十八歳までの子供が、日夜、さまざまな研究、訓練を行っている。


 そして今日、僕もこの学園に入学する新入生として敷地内に足を踏み入れた。


 ——踏み入れた瞬間まではよかった。


 しかし、そこでバジリスクから窮地を救った侯爵令嬢ローズと出会い、さらに、個人的に呪力を教えることになった第一王女マイアが僕を待ち伏せしていた。


 腕を組み、半ば無理やり校舎のほうへ僕を引っ張るマイア殿下。


 そんな彼女のことを、恐らく睨んでいると思われる姉コスモスとローズ嬢。


 後ろからひしひしと鋭い視線を感じる。


「ああ、夢のようですわっ。こうして歳の違うヒスイ男爵と一緒に肩を並べて呪力を学べるだなんて。これも女神カルトさまのお導き! そうだとは思いませんか、ヒスイ男爵」


「そ、そうだね……運命かもしれないね」


 その女神カルトは、僕の頭上でふわふわと浮かんでいる。


 彼女とは幼い頃からの知り合いだ。当然、その頃には第一王女と面識なんてないし、そもそも彼女たちは女神と呼ばれているだけで女神じゃない。


 この世界に誕生した精霊と呼ばれる存在で、ただ呪力を生み出した女性。別に運命を操れたりはしない。


「運命! なんと甘美な響きか……!」


 適当に答えてるだけでもマイア殿下は嬉しそうだった。


 仄かに朱色を帯びた頬をこちらに向けて、爛々に輝く瞳が僕を捉える。


 がっちりホールドされた腕はぴくりともしない。引き剥がすことは簡単だが、ここまで密着されると彼女に怪我を負わせることになるかもしれない。


 そうなると僕は大罪人だ。即刻、首を斬られてしまう。


 そこまで計算してのことかは知らないが、ここはコスモス姉さんとローズに我慢してもらうしかなかった。


 あとは僕の胃が、この状況に耐えられるかどうかだ。こればっかりは鍛えられない。


「ま、マイア王女殿下!」


「? はい。なんでしょうか、コスモスお姉様」


 沈黙に耐えられなかったのか、それとも目の前の疑問に耐えられなかったのか、後ろから姉コスモスが声を出す。


「お、お姉様……ごほん。その、ずいぶんとヒスイと仲がよさそうに見えますね。マイア王女殿下はこの国の王族。一介の男爵とそのように密着するのは、周りの目がお辛いのでは? 誤解されてしまいます」


「あらあら、ご忠告ありがとうございます。ですがご安心を。ヒスイ男爵はすぐに爵位が上がります。王族と婚約してもおかしくない伯爵までは秒読みでしょう。そうなれば、誰もが私のことを祝福してくれますとも」


 んんん?


 いま、ものすごいことをサラッと答えなかったかな、この人。


 まるで僕と彼女が婚約、あるいは結婚するみたいな話じゃない?


 まさかね。ただの男爵子息で、いまは男爵になった僕が、貴族のさらに上、頂点に立つ王族と結婚できるわけが……。


「わ、私としては……やはり侯爵令嬢くらいがちょうどいいと思いますけどね!」


「ローズ嬢? なにを……」


 なぜか張り合うローズ。


 再び三人の仲に亀裂が入り、穏やかな空気がどこかへ消えた。


 ギリギリ保っていた雰囲気はどこへやら。マイア殿下までピリピリし出す。


 僕の胃はマッハではち切れそうになった。


 辛うじて精神が壊される前に校舎の中へ入れたので、ギリギリ僕は耐えることができた。


 あと五分遅れていたら耐えられなかったかもしれない。




 ▼




「それじゃあヒスイ、私はこれで。いろいろと……注意してね」


「う、うん……また後でね、コスモス姉さん」


 入学式に参加しない、二年生として授業がある姉コスモスと途中で別れる。


 彼女が残した『いろいろと注意』という言葉がものすごく嫌だったが、その通りなので素直に頷いておく。


 何度も心配そうにこちらを振り返るコスモス姉さんを見送って、三人になった僕たちは講堂を目指す。


 新入生歓迎の話は、代々講堂内部で行われていた。講堂なら広くて新入生が納まりきるかららしい。


 左右を挟み、いまだ険悪っぽい雰囲気の二人と共に、僕は周りの視線に耐えながら廊下を進む。


 まだ入学式も始まっていないのにすごく疲れたよ……。




 ▼




 ぐったりしながらも入学式が始まる。


 講堂に集まった生徒たちの前で、学園長の男性が拡声器らしき道具を使って喋っている。


 異世界にはマイクっぽい道具がありました。




「——で、あるからして……今後の君たちの学園生活に、薔薇色の幸運があることを私は祈っている。三年間、友人や先輩、後輩たちと共に切磋琢磨し、やがて王国の宝になるのが君たちだ。下を見る必要はない。常に向上心を持って動きなさい。それこそが成功する秘訣である」


 長い長いスピーチを終えて、講堂内に生徒たちの拍手の音が響く。


 僕は必死に欠伸を我慢しながら回りに合わせて拍手した。


 すると、少しして教師と思われる女性が拡声器のような道具を使って声を張る。




「では次に、今期から導入された新入生代表挨拶を始めます。ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス、前へ」


「はい」


 ああ、ようやく僕の番だ。


 やるべきことは能力の誇示。


 国王陛下の臣下にはこんなにもすげぇヤツがいるんだ! ってアピールしなきゃいけない。


 座っていた席から立ち上がり、先ほどの比ではないくらいの視線を浴びながら壇上に立つ。


———————————————————————

あとがき。


今後の作品の更新に関してのお話と相談を近況ノートに載せました。

よかったらご確認よろしくお願いします!

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