第74話 入学式
アザレア姉さん、アルメリア姉さん、コスモス姉さんの三人と一緒に朝食を食べたあと、僕は荷物をまとめて馬車に乗り込んだ。
これからノースホール王立学園へ向かう。
学園は入学式。本来はすでに授業が始まっており、弟の入学式に合わせて早朝からコスモス姉さんが一緒に来る必要はないが、彼女は僕と一緒に登校することを選んだ。
理由は、姉の愛情以外にはない。
アザレア姉さんは騎士団の仕事へ。アルメリア姉さんは僕たちの家でいわゆる事務仕事を担当する。
ゆえに、これからはコスモス姉さんと二人で学園に向かわなければいけない。
馬車の扉が閉まり、パカパカと馬が歩き出す。
「ヒスイ、緊張していないかしら」
対面に座るコスモス姉さんが僕に訊ねる。
首を横に振って笑った。
「いまのところは平気だよコスモス姉さん。入学するまでの間にいろいろあったからね」
主に国王陛下と顔をあわせた経験はデカい。おかげで同級生たちが集う入学式なんて微塵も緊張しなかった。
その様子に、コスモス姉さんは安心したように笑う。
「そう。それはよかった。たしか、国王陛下の頼みでヒスイが新入生代表なのよね?」
「らしいね。そんな制度ないって聞いたのに、わざわざ僕のために作るかな、普通」
「それだけ期待されているってことじゃない。頑張って」
「うん」
国王陛下が新たに導入した特別制度、『新入生代表挨拶』。
前世では馴染みのあるものだが、まさかこの異世界でそれを自分がすることになるとは思わなかった。
曰く、「ヒスイ男爵のために場を用意した」とのこと。
完全に余計な真似である。
そんなことするなら金くれ金。ギャラ発生するのが普通だろ。いや、頼めば貰えるけどさ。
自分からひけらかすならともかく、王様に命じられて能力を見せるのはなんだかな……。
まあ、恩もあるしやるにはやるんだけどね。
走る馬車の中、遠くに見える学園の三種の塔を見上げた。
▼
しばらくすると、僕とコスモス姉さんを乗せた馬車がノースホール王立学園の校門前に到着する。
ここまで来ると敷地内は徒歩だ。馬車から降りて校舎まで続く一本道を歩く。
隣にはコスモス姉さんがいるが、なぜかやたら周囲の生徒たちから見られているような気がする。
僕が視線を向けると逸らすので間違いない。
「???」
なんだろう。入学前に僕の話でも聞いたのかな?
王都ではいまのところ自分や家族以外には見ない髪色だ。多少注目されるのもしょうがないとばかりに思っていた。
だが、あまりにも注目されすぎている。
「人気者ね、ヒスイ。みんなアナタのことが気になるみたい」
「コスモス姉さんはこの視線、なにか心当たりが?」
「そりゃあ可愛い弟があれだけ派手に活躍したらね。誰だって耳にするわよ。特に貴族はそういう話が大好きだし」
「ふーん」
ということは、やっぱり僕のことを見ていたのか。
国王陛下が流したのか知らないが、入学前からたいそうな人気で苦笑する。
これからもこの視線に負けないで過ごさなきゃいけない。それが、僕の目的にも繋がる。
「——ヒスイさま!」
僕が内心で覚悟を決めていると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。
振り向くと、校門からこちらに手を振って歩いてくるローズの姿が。
手を振り返して挨拶する。
「やあ、ローズ嬢。おはよう」
「おはようございます、ローズさま」
「おはようございます、ヒスイさま、コスモスお姉様」
ローズは僕たちの前までやってくると、ぺこりと綺麗な一礼を見せる。
「入学式前から会えるなんて嬉しいです。これも私たちの間に伸びた赤い糸の運命かもしれませんね……なんて」
「赤い糸? 偶然じゃないの?」
それってあれだよね、恋愛的な意味じゃなくて、顔を合わせる運命にある、的な。
恋愛要素が含まれていたら、僕にはまだ恋愛は早いので運命なんて信じていない。ローズには悪いけど。
「ヒスイさまはいけずです……まあいいでしょう。それより校舎へ向かいませんか? ここで突っ立っているのも他の生徒の邪魔になりますし」
「そうだね。それじゃあ——」
くるりとその場で反転した途端、今度は前方、校舎側から女性の声が飛ぶ。
「——ヒスイ男爵!」
あれは……。
「マイア王女殿下?」
なぜかマイア王女殿下が、校舎のほうからこちらに向かってくる。
そう言えば彼女も今年入学の新入生か。
「おはようございます、ヒスイ男爵お待ちしておりました」
「おはようございます、殿下」
僕に続いて隣と後ろのコスモス姉さん、ローズが同じように挨拶する。
それを見届けて再び口を開く。
「僕を待っていたとは?」
「そのままの意味です。実はずっと前からヒスイ男爵が来るのを待っていました! 先に着いていれば絶対に一緒に登校できるでしょう?」
「え」
それは登校とは言わないんじゃ……。
というか、この人、さらっとストーカーみたいな発言したよね? 普通に背筋がゾッとした。
「ささ、一緒に校舎へ行きましょう。私たち同じクラスですよ」
「あ、はぁ……」
後ろから刺さる二つの視線。
それをものともせずに、彼女、マイア殿下は僕の腕を引っ張って歩き出した。
なんだか急に胃がキリキリする。
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