第221話 有害な毒
神殿に併設された孤児院の奥に隠し通路があった。
通路を下りていった先には、いかにも怪しいですと言わんばかりの地下室が。
地下室には、孤児院の子供たちを利用して行われている実験の資料が置いてある。それに目を通すと、悍ましい内容が記されていた。
人体実験。
倫理的にアウトな、他種族の細胞を子供に投与するという狂気の実験が行われていたのだ。
憤る姉コスモスと共に、僕は部屋の中を物色する。目当ての物はすぐに見つかった。
「これが魔人族の血か」
冷凍保存用の箱の中に、瓶に詰められた赤黒い液体を見つける。
瓶には「魔人族の血」とご丁寧にも表記されていた。間違いない。
「フーレ、いる?」
この魔人族の血を調べるために、誰よりも生き物に詳しい光の女神フーレを呼ぶ。
彼女は壁をすり抜けて姿を見せた。
「はいはーい! 呼んだかな?」
「フーレに頼みがあるんだ。この血がどういうものか調べてほしい」
「魔人族の血だね」
さすがフーレ。液体を見ただけでそれが何なのか理解する。
「この血には何か効力があったりするの? 人の体に投与すると問題が起こるとか」
「そうだねぇ……魔人族の血は結構特別なんだ」
「特別?」
「普通の人間より強靭な肉体を持つ彼らは、細胞の一つ一つが優れているの。だから、血自体には別に効力とかないよ。けど、こんなものを人間の体に入れたら、拒否反応が出て死んじゃうだろうね。ほとんどの人間は耐えられないと思う」
「効力がないのに?」
「言っちゃえば私たちのエネルギーに近いかな。膨大なエネルギーはそれなりの器がないと収まらない。だから、内側から溢れて体を壊しちゃうんだ。無理やり器を整えようとしてね」
「なるほど。大半の人間には毒みたいになるのか」
「毒は医療とかに使えるけど、その血は何にも使えない。ゴミだよゴミ」
フーレがめちゃくちゃ辛辣なことを言った。
だが、現状においてはその通りだ。けど、一つだけ疑問は残る。
「でもさ、フーレ」
「ん?」
「もしもこの血に適合できる人間がいたら?」
「うーん……普通に移植されたらヒーくん以外は全員死ぬと思うけど」
「少量ずつならどう?」
「それなら時間をかけて適合はできるかもね。もちろん死ぬ人も沢山いるだろうけど」
やっぱりか。
僕の予想は的中する。
予防接種と言って、孤児院の子供たちに少量ずつ魔人族の血を与えているのだ。
少しずつ何かを変えようとしている? だが、魔人族の血は器を強化することはできても、何か特別な力をもたらすものではない。
たぶん、身体能力が多少上がるとかその程度の恩恵しかない。
ぶっちゃけ、魔力とかの能力を鍛えたほうが効率いいと思う。
だが、仮にこの研究に別の意図があったとしたら?
例えば能力を持たない人間を強くするためとか。能力と組み合わせてより強い子供を作り出すとか。
どうしても、軍事利用に関連するものばかりが脳裏をよぎった。
最近、帝国の件とかあったから少しだけ過敏になってるのかな?
よくないな。視野はもっと広く持つべきだ。
しかし、なんとなくまともな利用方法とは思えない。
念のため、いろいろな予想を立てておくことにした。
「ヒスイ? その血のこと何か解った?」
僕がうんうんと頭を悩ませていると、大量の資料を持ったコスモス姉さんが訊ねてくる。
そこでハッと意識が現実に引き戻された。
「あ、うん。フーレ曰く、魔人族の血には人を変えるほどの力はないらしいよ。体が頑丈になったりはするかもしれないけど、いきなり特別な能力に目覚めたりはしないって」
「そう。だったらなんでここにいる連中は魔人族の血を研究してるのかしら?」
「さあ。何か魔人族に関係しているのかもね」
例えば魔人族の血を持った者が必要だったりとか。
答えは解らないけど。
「とりあえず資料や材料は元の場所に戻そう。一度屋敷に帰らないと」
「持ち帰らないの?」
「持ち帰ったら僕たちが侵入したことがバレちゃうよ。次は掴まえたいし、わざわざバレて相手の警戒心を高める必要はない」
「それもそうね」
大人しく僕の言うことを聞いてくれたコスモス姉さん。
二人で片づけを行い、周囲に誰もいないことを確認しながら外へ出た。
明日には一人くらい研究員を捕まえて情報を吐かせたいところだ。
いきなり検挙しても相手の全容が見えないんじゃ効率が悪い。逃げられたりなんかしたら、それこそ面倒だ。
確実に、じっくりと、相手の情報を奪い、記憶をなくして放逐する。
それが一番の選択だろう。
コスモス姉さんと一緒に屋敷に帰りながら、僕はひたすら今後の計画を練る。
脳裏には、いまだ魔人族の血に関係する嫌な予感がちらついていた。
この答えが出ない不気味で不愉快な気持ちが、永遠に不安を煽ってくる。
何か……この国で、いや、この世界で強大な悪が動いている——なんてね。
さすがにそこまで大がかりではないと思う。
だが、油断はできなかった。
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