第220話 魔人族
深夜。コスモス姉さんと共に王都の神殿に忍び込んだ僕は、まっすぐ孤児院を目指して一番奥の部屋に辿り着く。
この部屋には隠し通路があって、そこから地下室に行けるっぽい。
僕が神力を使って怪しい集団が地下にいるのを確認した。ほぼ間違いなくそこには何かある。
呪力を用いて部屋の鍵を開けると、中に入って扉の鍵を再び閉める。
こうしておかないと男たちが戻ってきた際に侵入しているのがバレてしまうからだ。
続いて、部屋の角、タンスが置いてある前に行く。どこかに扉を開く仕掛けでもあるのだろう。
ペタペタとタンスを触っていくと……カチャリ。
偶然にもスイッチのようなものを押したらしい。足元の床板がわずかに開いた。
「隠し通路発見」
「本当にあったわね。孤児院なんかに」
「どんどんきな臭くなってきたね」
「神殿を告発できる証拠が見つかると嬉しいわ。神への冒涜だもの」
コスモス姉さんの怒りはごもっとも。
彼女に比べると信仰心の薄い僕でさえ、孤児を利用した悪巧みには吐き気を催す。
犠牲者が生まれているなら尚更ね。
「じゃあ地下に入るよ。準備はいいね、コスモス姉さん」
「ええ。いつでもいいわよ」
こくりと頷いたコスモス姉さんの顔を見て、僕はその場にしゃがみ込み隠し扉を開く。
扉の先には薄暗い空間が広がっていた。明かりがないと何も見えない。
僕は神力を練り上げて掌に小さな光を生み出した。その明かりが隠し通路を照らし、少しずつ階段を下りていく。
やがて一枚の扉が見えた。
「あそこが部屋っぽいね。鍵は……かかってると」
ずいぶん用心深いな。隠し扉がある部屋にも鍵がかかっていた。よほどこの部屋には入られたくないと見える。
呪力を使って部屋の鍵を開けると、最後の扉を開いて中へ。
すると、部屋の中には大量の資料と本棚、それに実験用の器具っぽい物が置いてあった。
「これはまた……証拠っぽい物ばかりだね」
言いながら近くのテーブルに置かれた資料を手に取る。
軽く内容を読んでみると、僕は深いため息を漏らす。
「ハァ。コスモス姉さんの予想が見事に的中したね」
「どういうこと?」
「これを見てごらん。孤児院の子供たちを使った実験の内容が書いてある」
コスモス姉さんに資料を渡す。
彼女は忙しなく視線を動かして資料を読むと、
「な、何よこれ! 人体実験⁉」
ぷるぷる体を震わせて怒りを表していた。
まさに狂気の実験がここ神殿で行われている。
「後天的に呪力を能力を覚醒させるために、呪われた血を孤児の体内に入れる、か」
先ほど目を通した資料の文章、その一つを抜粋する。
「呪われた血って何だろう。呪力だからカルトに関係してるんだろうけど」
「——くすくすくす。いいえ、違いますよヒスイ。その血はおそらく魔人族のことかと」
僕の声に反応して急にカルトが姿を見せた。
「魔人族?」
初めて聞く種族の名前だった。
「魔人族はかつて人類と亜人種に滅ぼされた種族です。邪悪な心を持ち、多くの人々を苦しめました」
「それが今回の件と関係しているの?」
「さあ。わたくしはあくまで呪われた血に関して説明しただけです。そこまではなんとも」
「さあって……」
カルトも詳しいことは知らないらしい。
さらに魔人族に関して話を聞くと、彼らはどの種族よりも人間に近い外見を持っていたとか。
ほぼほぼ人間と変わらない見た目でありながら、驚異的な能力を持つ個体。
女神の力に縛られず、オリジナルの能力——特殊な力を持っていたらしい。
だが、あまりにも邪悪すぎて戦争にまで発展。数に押し切られて最後には滅亡した。
しかし、絶滅したはずの魔人族だったが、なぜかその血がこの神殿では使われているっぽい。
「わたくしが知っているのは、魔人族の血が呪われている——と人間が思っていることだけですね」
「人間が思っている?」
なんだか妙に含みのある言い方だ。
「ええ。実際に呪われているかどうかは解りません。わたくしたちは興味ありませんでしたし」
「フーレなら解ったりするのかな?」
「実物を見れば間違いなく。彼女以上に生き物に詳しい人はいませんから」
「だとしたら……たぶんあると思うよ、魔人族の血か細胞か」
おそらくそれを使って薬を作り、子供たちに投与していたんだろう。
呪いだと解った上で。
「ここが実験室なら一つや二つくらいは見つかるはずだ。コスモス姉さんも一緒に探してね」
「解ったわ。それにしても……許せない。魔人族の細胞を人間の、それも子供に投与するなんて!」
正義感の強い彼女は憤っていた。
その意見には僕も概ね賛同するね。一体彼らは何がしたかったのか。その理由を含めて正解に辿り着きたいものだ。
そもそも、裏でどんな組織が動いているのか。それが気になった。
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