第219話 調査開始

 神殿に併設された孤児院を出た僕たちの前に、先ほど顔を合わせた孤児院の子供が声をかけてきた。


 少年は僕たちに告げる。


 この孤児院には何か恐ろしい秘密をあると。


 根拠はない。だが、少年が嘘を吐いているとも思えなかった。

 そもそも孤児院に行ったのも調査の一環だ。僕とコスモス姉さんは顔を見合わせて決める。

 神殿、並びに孤児院の調査を。











 施設へと戻っていった子供を見送って、僕たちは帰路に就く。

 歩きながらコスモス姉さんと先ほどの件を話す。


「それで、どうするの? 調査するって言っても、簡単に神殿には忍び込めないわよ」

「僕に手がある。帝国でも使った方法なんだけどね」

「手?」


 首を傾げるコスモス姉さんに、ひそひそっと声を小さくして言った。


「透明化だよ。呪力を応用すればできるんだ」

「そ、そうなの⁉ ヒスイって本当になんでもできるのね……」


 透明化の件を知らなかったコスモス姉さんは、口をぱくぱく開きながら驚いた。


「もちろん欠点もあるけど、まあ侵入するだけなら問題ないね」

「ちなみにその透明化は、他の人にもかけられる? たとえば私にも」

「姉さんも一緒に行くつもり?」

「ええ。可能なら行きたいわ。この目で困ってる人たちを見て、助けたいもの」

「コスモス姉さん……」


 彼女はひと一番正義感が強い。

 かつてクレマチス男爵家にいた頃、僕を何度も兄たちから守ってくれたように、困ってる人を見つけたら助けないと気が済まないのだ。

 そんな彼女を弟として誇りに思う。同時に、危険を承知の上で僕は頷いた。


「わかったよ。姉さんが覚悟を決めているなら一緒にいこう。何かあっても僕が守る」

「ありがとう、ヒスイ。でも、自分の身は自分で守れるわ。こう見てもしっかり鍛錬しているんだから!」


 ふふん、とコスモス姉さんがドヤ顔を作る。


 確かに彼女はフーレから神力を教わった後、しっかり独学で自らの力を高めた。今や僕が知る限り最高の神力の使い手だ。


 神力にも攻撃手段はあるし、コスモス姉さんも自衛くらいはできるか。

 過剰なお節介は彼女の未来を潰す結果になるかもしれない。そう自らを戒める。


「了解。いざとなったらすぐ逃げられるようにしてね? まずは怪しい実験とローブの男たちの正体を掴まないと。仮にまた邪教徒とぶつかったら、相手の根城とか情報を探らないとね」

「難しいことはわからないけど、ヒスイに従うわ。早速、今夜にでも行きましょう」

「うん」


 夕陽を背に、僕たちは細かく打ち合わせを済ませておく。万が一にも、アザレア姉さんたちの耳に入らないように。











 夜。


 王都中の住民たちが寝静まっている深夜、僕とコスモス姉さんは屋敷を密かに抜け出して神殿に向かった。


 こんな時間でも門を守る騎士たちは起きている。「警備お疲れ様です」と内心で呟きながら透明化状態で外へ出た。

 騎士たちの視界から外れると、呪力消費のことを考えて透明化を解除。そのまま神殿近くまで走っていく。


 やがて神殿が見えてきた。ここから先は透明化で内部に侵入する。一応、魔法道具に検知されないように呪力を探知しながら進んだ。


 魔法道具の元になっているのは呪力だ。僕くらいの力ならそれを一時的に無効化するのはわけない。


 そんなこんなであっさりと神殿の中に忍び込む僕たち。

 誰もいない静かな空間を見渡しながら、数時間前に通った道を歩いてまずは孤児院を目指す。


「どこに向かってるの、ヒスイ」


 背後からコスモス姉さんが話しかけてくる。


 僕たちの周囲には呪力を使って音を遮断する結界のようなものを張っている。ゆえに会話しても平気だ。


「孤児院の奥だよ。たぶん、いろいろ資料があるだろうからそれに目を通そうかなって」

「孤児院の資料?」

「子供たちを使って何かしらの実験をしてるなら、どこかにその実験のデータを保存しているはず。リスクはあるけど大事な経験だからね」


 少なくとも人目につく場所には置いてない。僕なら自分の部屋の隠し金庫とかに入れる。もしくはそういう部屋があって、全ての資料がそこに保存されているとかね。

 だから一番怪しい孤児院のフロアをくまなく探す。


 子供たちの部屋を避けていくつか気配を探りながら扉を開けていく。すると、不自然な反応を捉えた。


「——ん? なんだこれ……」

「ヒスイ?」


 足を止めた僕にコスモス姉さんの怪訝な声が届く。

 僕は足元を見下ろした。


「下に人の気配がする」

「え? し、下?」

「うん。何人かいるね。それも大人だ。もしかすると……秘密の部屋があるのかもしれない」

「じゃあそこに目当ての資料があるかもしれないのね」

「可能性は高いと思う」


 じゃなきゃ孤児院の地下に部屋を作る必要はないだろ。空き部屋はいくつもあったし、大人だけが固まってる理由が不自然すぎる。


 通路を探すために、その大人たちが部屋を出てくるのを待った。


 およそ一時間ほどで大人たちが一斉に移動を始める。

 それを追いかけながら一番の奥の部屋に辿り着いた。そこから数名の男性たちが扉を開けて出てくる。


 ビンゴ。地上へ出てきた際のルートも記憶した。隠し扉の位置もどこかわかる。


 男たちが離れていき、気配が完全に遠ざかったのを確認して——僕は鍵付きの部屋を開けた。鍵くらい簡単に開けられる。呪力を使えばね。

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