第218話 急展開
コスモス姉さんの勧めで神殿に足を踏み入れた僕は、祈る暇すらなく、そこに併設された孤児院へ行く。
孤児院には沢山の子供がいた。コスモス姉さんが危惧するような劣悪な環境などではなく、普通の——むしろかなり贅沢な部類に入る暮らしをしている。
この様子なら子供たちは問題なさそうだ。
僕の話をキラキラした目で聞いてくれる子供たちの頭を撫でながら、そろそろ帰りの時間がやってくる。
気づいたらもう夕方か。なんだかんだ数時間も彼らの相手をしていた。
僕って自分が思うより子供が好きなのかもしれない。
「本日は子供たちの相手をありがとうございました」
僕たちを孤児院に案内してくれたトルソーがぺこりと頭を下げた。
「いえ。こちらこそ楽しい時間をありがとうございます」
「もしよかったらまた孤児院に来てください。子供たちも喜びますので」
「わかりました。それでは」
僕たちも頭を下げて孤児院から出る。
神殿の扉をくぐり外に出ると、横に並んだコスモス姉さんが言った。
「普通の孤児院だったわね」
「そうだね。子供たちが元気そうでよかったよ」
「でもあんな光景を見たら誰でも神官様たちを称えるでしょうに、どうして変な噂が立ったのかしら?」
「神殿や教会があんまり好きじゃない人とかが無駄に騒いだんじゃない? 暇潰しで悪戯する人もいるし」
「悪戯感覚で神殿の権威を落とそうとするなんて重罪よ? ふざけてるわ」
ぷんぷん、と敬虔な神の信者であるコスモス姉さんが頬を膨らませながら怒る。
僕も彼女の意見には同意だ。フーレたちが見えるからってのもあるけど、無意味な誹謗中傷は嫌いだった。
なるべく神殿は潔白だという話でも流してやろうかな? ドラゴンスレイヤーの知名度ならほどほどに役立つだろう。
おそらくあの神官、トルソーさんもそれが目的で僕を孤児院に招いたはず。やたら積極的で強力的だったからな。
そう思いながら通りへ続く階段を下りる——前に、
「に、兄ちゃん!」
横から子供に声をかけられた。
ちらりと視線をそちらへ向ける。僕の視線の先には、短髪の少年がいた。先ほど孤児院で見かけた少年だ。
「あれ? こんな所で何をしてるの?」
もうすぐ夕食の時間だと子供たちは言ってた。早く戻らないとトルソーさんが心配するよ。
「兄ちゃんにどうしても話があって……」
「話? 何かな」
僕は少年に近づき膝を曲げてしゃがんだ。相手と同じ目線に立つことで威圧感をなくす方法らしい。
少年の言葉を待っていると、ややあって彼は言った。
「兄ちゃんに……いや、貴族様に俺たちを守ってほしいんだ」
「それはどういう意味?」
少年の言葉に僕が首を傾げていると、横に並んだコスモス姉さんが訊ねた。
少年は顔色を悪くしながらも答える。
「実は、この孤児院……犯罪に手を染めてるんだ」
「そうは見えなかったけど」
「上っ面はね。裏じゃこそこそ怪しいことをしてる」
「怪しいこと?」
「姉ちゃんたちも聞いただろ? 予防接種とかローブの男たちの話」
「ええ。それが何か? ローブなんて誰でも付けるわよ」
「予防接種も大事だね」
前世の世界でもよく行われていた。僕は注射が怖くてあんまり受けたことないけど。
「俺、見ちゃったんだ。その予防接種で薬を打ち込まれた奴が、急に苦しみだして死ぬのを」
「⁉ く、詳しく教えて!」
なんだか急にきな臭い話になってきた。
前のめりにコスモス姉さんが少年の肩を掴む。
少年は頷いて続けた。
「最初は予防接種で使った薬の副作用だって聞いたんだ。たまに体調を崩す子がいるって。でも、その子はすぐに神殿の奥に運び込まれて、俺は気になってそこに侵入した。めちゃくちゃ苦労したけど」
「そこで……友達が死ぬのを見たのかい?」
「うん。どんどん苦しみだして、血を吐いて体の一部が化け物みたいに変わっちゃった」
「体の一部が化け物みたいに変わる……」
その症状、僕が知るものよりレベルは低いが覚えがある。前に学園を襲撃した邪教徒の一件だ。
あれと同じなら、少年の話には呪力が関わっている。
あくまで神力は戻すための力。変化させるための力は呪力のほうが上だ。特に人を化け物にするレベルのものはね。
「ヒスイ、何か知ってる?」
僕の様子を見てコスモス姉さんが訊ねてくる。僕は今しがた想像した内容を彼女に聞かせた。
「姉さんは覚えてるかな? 学園に襲撃を仕掛けてきた邪教徒の件」
「あ……そういえば邪教徒の手によって化け物に変えられた生徒がいたわね」
「そうそれ。今回も邪教徒が関わってる可能性があるかも」
問題はその手口だ。犯人はどうでもいいとして、人の体を化け物に変えた薬ってどういうことだ?
前回は女神の石っていうチートアイテムがあったから人間をモンスターに変えられたけど、薬はどうやって作ったのか。
僕もコスモス姉さんも同時にお互いを見つめ合い、
「これは調査が必要かしら?」
「必要だろうね」
と言った。
やるべきことは明白だ。
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