第51話 愛が重いよ

 兄グレンに手を出してすぐ、僕は実家であるクレマチス男爵領から逃走した。


 逃げた先は、姉アザレアと姉コスモスのいる王都だ。


 そこで一年ほど早く、姉さんたちと暮らすべく計画を立てていたのだが、その計画は、王都に着いてすぐに瓦解した。


 もちろん、良い意味で予想外の展開になったと言うべきだ。


 僕は、前にバジリスクと呼ばれる化け物から助けた、リコリス侯爵のもとで数日厄介になり、その後、国王陛下に呼ばれて王宮へ向かった。


 ローズを守り、なおかつバジリスクを倒した報酬を貰えるらしいが、なんとその報酬は——爵位だった。


 普通、爵位が与えられる人間は二十歳を過ぎた大人だ。


 恐らく最年少でも、学園を卒業する年齢である十八歳以上だろう。


 だが、そんな暗黙の了解すらもかなぐり捨てて、国王陛下は僕に〝男爵〟の位を授けた。


 これは異例のことだと周りの反応を見てもわかる。


 おまけに最年少での授爵らしい。


 本人もびっくりなら、他の貴族たちもびっくりな状況だ。


 唯一、驚いていなかったのは、事前に爵位の話を聞いていたリコリス侯爵家の者くらい。


 加えて、多額の援助と学園への早期入学、学園そばに建てられた屋敷までプレゼントされた。


 どこまでも至れり尽くせりだ。ここまでして僕に王国にいてほしいのかと思うと、貰えるものは貰っておく。


 そして、与えられた屋敷の前に馬車で移動した際、そこで約八年ぶりほどの再会を果たす。


 ——姉アザレアと。


 お互いにお互いを抱きしめあい、再会を噛み締める僕たち。


 その日は仲良く一緒に過ごし、翌日。


 仕事で騎士団へ帰らないといけないアザレア姉さんを見送るはずの僕のもとへ、今度は姉コスモスがやってきた。


 彼女とも一年ぶりの再会だ。


 喜びを爆発させたコスモス姉さんに全力で抱擁され、天に召されかける僕。


 懐かしい、過去の光景が脳裏を過ぎった——。




 ▼




「それじゃあ、わたしは先に騎士団のほうへ戻るわ。本当はもっとヒスイたちと一緒にいたいけど、ごめんなさい」


 コスモス姉さん、アザレア姉さんとの団欒を楽しんだあと、彼女は悲しげに瞳を伏せてからそう言った。


 僕もコスモス姉さんも首を左右に振る。


「アザレア姉さんは、騎士団の副団長なんでしょ。仕事があるならサボれないよ。また会いに行くから頑張ってね」


「ヒスイのことはわたしに任せてちょうだい、アザレア姉さま!」


「……そうね。少しだけ不安だけど、コスモスに任せるわ」


「ちょっ!? そ、それってどういう意味よ姉さま! だれよりもヒスイのことを守ってきたのはわたしよ!?」


「コスモスは勢いが過ぎるわ。年頃の乙女なんだし、もう少しだけ余裕と冷静さを持ちなさい」


「うぐっ」


 冷静に図星を突かれてコスモス姉さんが口を閉ざす。


 強烈な一撃を喰らったのか、視線を横に流して汗を滲ませていた。


 くすりと僕は笑って、彼女の代わりに答える。


「まあ、コスモス姉さんなら僕も安心だし、とりあえず仕事がんばってね、アザレア姉さん」


「ええ。騎士団長を締め上げてすぐに戻ってくるわ」


「それは止めたほうがいいと思うよ……」


 アザレア姉さんのほうが上なんだ、色んな意味で。




 最後に手を振ってアザレア姉さんと別れる。


 外まで見送ると、彼女の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。




 ▼




「さて、と。アザレア姉さまも行っちゃったし、このあとどうするの? なにか予定とかある?」


 一旦、屋敷の中に戻ってすぐ、コスモス姉さんが訊ねた。


 彼女がいないあいだに、アザレア姉さんと話した内容を聞かせる。


「なるほど……学園の見学ね。悪くないわ。この時期、授業は行われてないけど、それだけにだれの邪魔にもならない。いいわね! ちょうど在学生であるわたしもいるし、一緒に学園へ行きましょう! 案内してあげる」


「いいの? 嬉しいなぁ。ほんとは学園内で姉さんを探そうと思ってたんだ。手間も省けたし、姉さんがいてくれたら助かるよ」


「キュウウウゥゥ————ン! 相変わらずヒスイは笑顔の可愛い弟だわ! その愛らしい顔をもっとわたしに見せて?」


 ガシッ。


 素早く頭を両手で掴まれた。


 執着によく似た感情を瞳に乗せて、ジッとコスモス姉さんに見つめられる。


 ちょっとイヤな予感がした。


「ね、姉さん? 早く行かないと時間がなくなるよ。姉さんも在学生なら、あんまり休みはないんでしょ?」


「そんなことないわ。寮に戻らないといけない、という規則もないし、学生証があれば問題なく校内には入れるの。入学式が行われるまでのあいだ、たっぷりじっくりヒスイを見守るわ」


「姉さんは在学生なんだから、入学式の前に登校するじゃん」


「それでもよ」


 人はそれをサボりという。


 どこまで本気なのか知らないが、このまま暴走させると面倒だ。


 必死に彼女を説得し、なんとか手を離してもらう。


 お互いに支度を済ませると、コスモス姉さんと並んでノースホール王立学園を目指した。


———————————————————————

あとがき。


そう言えば忘れてました。

本作も50話を突破!

皆さまのおかげで楽しく書けてます。


これからもよろしくお願いします!


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