第52話 学校見学

 コスモス姉さんと一緒に、支度を済ませて屋敷を出る。


 国王陛下の計らいにより、ノースホール王立学園のそばにある屋敷を与えられた僕は、徒歩数分で学園の前までやってきた。


 予想以上に近い。近いというか、ほぼほぼ目の前だった。


「ここが……王立学園か。広いね」


 見上げるほど長い黒色の柵の後ろには、これまた見上げるほど巨大な施設があった。


 色は前世でもよく見た白を基調としたもの。素材もそこまで差があるようには見えないが、文明の劣るこの異世界では、鉄筋コンクリートなんてあるはずもないし、似てるのは外見だけだろう。


 コスモス姉さんの背中を追いかけながら、西洋っぽい感じのどデカい正門の前に到着する。


 柵は黒で統一されていたが、正門を塞ぐ扉は白だった。


 汚れひとつ見えない美しい壁の前、きっちりとした装いで門を守るふたりの男性騎士が見える。


 騎士たちは、現れた僕たちに視線を向けると、恭しく頭を下げてから訊ねた。


「こちらはノースホール王立学園の校門になります。生徒、教師、関係者以外の立ち入りは禁止です。生徒手帳や身分を証明するものをお持ちでしょうか」


「生徒手帳があるわ。ヒスイは、国王陛下にいただいた貴族の証明書を」


「う、うん」


 懐から一枚の板のようなもの取り出すコスモス姉さん。


 板は細く、それでいて頑丈そうだ。サイズも彼女の手のひらに乗る程度のもの。


 あれが学生の身分を証明する学生証?


 見たこともない謎の物体に興味を示しながらも、呪力で作った〝収納袋〟から、貴族であることを証明する証明書を取り出し騎士たちに見せる。


「この子は新たに貴族になった、ヒスイ・ベルクーラ・クレマチス男爵よ。わたしの弟。今年から早期入学でこの学園に通うことになったらしいの。だから、学園の見学をさせてあげてちょうだい」


「これはこれは! 男爵令嬢さまと、男爵さま自身でございますか。学生証も証明書も間違いございませんね。ご提示ありがとうございます。現在、学園は春休みに入っておりますが、問題なく校内へも入ることができます。お気をつけて」


 そう言うと騎士たちは、門を横にスライドして開けると、ぺこりと頭を下げて僕たちを見送った。


 正門を潜り、まっすぐ進む。


「な、なんだか慣れないね……前まではだれも見向きもしない底辺男爵家の末っ子だったのに、急に敬われるようになるだなんて」


「男爵領でもヒスイは偉かったじゃない。まあ、あのド田舎で貴族らしさを求めるのは難しいけどね」


「兄さんや父さんたちくらいだよ、偉ぶれたのは。僕は所詮、なんの意味もないごく潰しだったし」


「もう、ヒスイったら……昔の話はやめましょう。思い出すだけでもあの窮屈な実家を吹き飛ばしたくなるわ」


「姉さんがやったら本当にできそうだからやめてね……うん」


 神力は癒しや浄化に秀でた力だが、決して攻撃において無力なわけでもない。


 しっかりと鍛えれば十分に殺傷性と威力を追求できる。


 だからコスモス姉さんが本気を出せば、もしかしたらあの建物を吹き飛ばすことも……できるかもしれないね。いつか。


「わかってるわよ。それより、まずはどこに行きましょうか。入学するんだし、ぐるりと校内から回る?」


「それがいいと思う。一番よく見る場所だろうからね」


「了解。校舎への入り口は向こうだからついてきて。校門からそこまで離れてないから、すぐに覚えられるわよ」


 そう言って遠くを指差すコスモス姉さん。


 前世の知識を持つ僕からしたら、十分に校門から離れていると思う。


 なんで敷地内がこんなに無駄に広いんだろうね……。


 日本は土地が限られていたとはいえ、効率的な構造ではあったよ、たぶん。


 移動教室とかあったら、それだけで休み時間が削られそうだ。


 コスモス姉さんの背中を追いかけながら、ややげっそりとそんな感想を抱く。


 すると歩いている途中、右側のほうから声が聞こえた。


「ヒスイ様……?」


 僕を呼ぶ声だ。


 前方にいるコスモス姉さんにも聞こえたのだろう。ゆっくりと足を止めて、ほとんど同時に横を向く。




 僕たちの視線の先には、——ローズ侯爵令嬢がいた。


 互いの顔を見つめ合い、しばしの沈黙の後、ローズのほうから歩み寄ってきた。


「こんにちは、ヒスイ様。どうしてヒスイ様が学園ここに?」



「こんにちは、リコリス侯爵令嬢。僕は入学前に学園の見学を、と思いまして」


「ローズです」


「……え?」


「ローズです、わたしの名前は。ヒスイ様はすでに男爵なのですから、わたしのことはローズとお呼びください」


「し、しかし……恩人でもあるリコリス侯爵令嬢に、そんな……」


「恩人ということならわたしも同じです。命の恩人であるヒスイ様にそっけなくされたら……悲しゅうございます」


 えんえん、とわざとらしく泣き真似を披露するローズ。


 どうやら僕の負けのらしい。


 肩を竦め、苦笑しながら彼女の提案を受け入れた。


「……了解しました、ローズ嬢。改めて、よろしくお願いします」


「はい! 急にいなくなったと思ったら、よそよそしくてびっくりしました」


 そりゃあよそよそしくもなるだろ、元から他人なんだし。


 そう内心で呟くと、今度は隣に並ぶコスモス姉さんが、怪訝な顔で僕に訊ねた。


「ひ、ヒスイ? ローズ様とはどういう関係なのかしら?」


 ちらりと彼女の顔を見ると、どこか怒っているような、不安を感じているような顔を浮かべていた。

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