第28話 独りきり

 十五歳になったコスモス姉さんが、翌日にはクレマチス男爵領を出ていく。


 そんなちょっぴり哀しくなる日の前に、僕と彼女は同じ布団に入って寝ていた。


 コスモス姉さんからの頼みだ。最後は仲良く一緒に寝たい、と。


 それくらいの頼みいつだって聞くのに、平凡な日常を愛する彼女らしいお願いだと思った。




 だが、その結果。


 なぜかいま、僕はそのコスモス姉さんにキスされている。


 長女アザレア姉さんにされた時の光景が脳裏に浮かんだ。完全にその時の再現と言える。


 しばらく口を重ねたあとで、コスモス姉さんがわずかに顔を離した。


 頬を朱色に染めた色っぽい表情で笑う。


「ふふ……キス、しちゃった」


「な、なな、なんで……」


「なんで姉弟きょうだい同士でキスしたのか? そんなの、それだけ私がヒスイのことを好きってことだよ。あの馬鹿ふたりは死ぬほど嫌いだけど、ヒスイだけは大好き。ヒスイは自慢の弟で、最愛の弟なの」


 それに、と彼女は続ける。


「それに……キスくらいするのが普通の姉弟だよ?」


「そうなの!?」


 それは知らなかった。僕は前世では一人っ子だったから、いわゆる子供の頃に姉弟が体験する思い出とか行為とかぜんぜん知らない。言わば無知だ。


 異世界と地球では常識や倫理の点でいろいろ異なるだろうが、あのコスモス姉さんが言うなら間違いない。


 なぜなら、長女アザレア姉さんもまた僕にキスをしたのだ。


 前世の地球でも、たしか外国人はよくキスをしていた。


 母親だって子供にはキスをする。そうかなるほど、と合点がいく。唇を盗まれたことなど些細な問題だ。


「そうそう。だから気にせずヒスイは私からのキスを受け入れるの。お姉ちゃんのこと、大好きだもんね?」


「う、うん……そう、だね」


 微妙に納得がいかないような気もするけど、二歳も年上の彼女が言うのだから従っておく。


 その後も、僕はしつこいくらいにコスモス姉さんとキスをした。


 彼女がやたら色っぽく見えたのは、そういう年頃だったから?




 ▼




 悶々とする一夜が明けて、とうとうコスモス姉さんの旅立ちの日がやってくる。


 長女アザレア姉さんの時とは違い、僕以外の誰もコスモス姉さんを見送らない。


 長男と次男は特にコスモス姉さんと仲が悪かったからわかるが、両親も顔を見せないのは問題なのでは?


 本当にコスモス姉さんに家を助けてもらえると思っているのか不安になる。もちろん、当人にそのつまりは一切ないのだが。


「それじゃあヒスイ……私は行くわね。王都でヒスイのことを待ってるから」


「うん。気をつけてね、コスモス姉さん」


 呼びつけた馬車の荷台に乗り込むコスモス姉さん。彼女に手を振ってその姿を見送る。


 動き出した馬車の中から、コスモス姉さんが顔を出したまま叫ぶ。泣きながら。


「またね! またねヒスイ! なにかあったらアルメリア姉さんを頼るのよ! あの人なら、きっとヒスイの力になってくれるから!」


 遠目でわかるほどコスモス姉さんは涙を流す。


 僕は必死に手を振って彼女との別れを告げた。


 次第に、馬車は遠ざかっていく。コスモス姉さんの姿が消えてからも、しばらくはその場から動けないでいた。


「ヒーくん……」


 心配で僕の様子を見に来てくれた三女神。


 彼女たちのほうへ視線を向けると、不思議と視界が歪んでうまく捉えられなかった。


 それが、自分の流した涙の影響だとわかるのに、時間はかからない。


「よしよし。大丈夫。私たちがいるよ。ヒーくんとずっと一緒だよ。だから、落ち着くまではお姉ちゃんの胸を貸してあげる」


「ご、ごめんっ。ほんとは、わかっ……てた、のに」


 泣き声でうまく喋れない。嗚咽と混ざって音が濁る。


 それでも僕は、ただ慈愛に満ちたフーレの胸元に顔を埋めた。


 左右を挟むように、アルナとカルナが僕の背中を撫でてくれる。


 最後にフーレが頭を撫でると、僕の感情は決壊した。




 ▼




 僕の日常から、アザレア姉さんに続いてコスモス姉さんがいなくなった。


 特に一番長い時間を共有しあった家族がいなくなり、珍しくセンチメンタルな気持ちになる。


 けれど時間は進む。僕の気持ちなどお構いなしで。


 まるでコスモス姉さんがいなくなってからの寂しさを埋めるように、僕は訓練に打ち込んだ。


 のめり込むようにして日々を過ごし、あっという間に一年の時が経った。


 僕は十四歳。すっかり体も大人への階段を上りはじめ大きくなった。


 【魔力】も【神力】も【呪力】の制御能力も格段に上がり、クレマチス男爵領付近にいる魔獣は、あらかた狩り尽してしまうくらいには頑張った。


 おかげで、もう標的がなかなか見つからない。


 あと一年も猶予があるというのに、これではまた寂しさがぶり返す。


 どこかに強敵でもいないものかと三女神を連れて森の中を徘徊する。


 しばらく談笑しながら歩いていると、ふいに、周囲の静寂を切り裂くような叫び声が聞こえた。


 女性特有の、甲高い叫び声が。




「きゃあぁあああああ————!!」


———————————————————————

あとがき。


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