第27話 コスモスの愛

 重い足取りで実家に戻る。


 玄関扉を開けて中に入ると、真っ先に僕を出迎えたのは——。


「あ! おかえりなさい、ヒスイ」


「コスモス姉さん。もう帰ってたんだ」


 三女コスモス姉さんだった。


 僕と同じ薄緑色の髪を揺らしてこちらにやってくる。


「ええ。明日は出発の日だもの。早く仕事を終わらせて準備しないと」


「そっか……大変だね」


「なによその顔。ヒスイったら心配性ね。私だってヒスイと離れたくない。ヒスイをこんな極悪な家に残すと思うと何度でも涙が出そうになるわ。あのバカ共は百回殴っても足りないくらいのバカだしね!」


 ふん、とコスモス姉さんが鼻を鳴らす。バカと呼ばれたのは、僕の兄、長男グレンと次男ミハイルのことだ。


 彼女の意見にはおおむね賛同するが、すでに神力をかなりの練度で使えるコスモス姉さんが彼らを殴ったら、怪我だけでは済まない。


 ロクに指導役の大人すら呼べない兄グレンは、今でも呪力の制御に手こずっているというのに。


「ああ……本当に心配だわ。あなたが私を心配するより遙かに心配だわ。本当なら家から出たくないけど、これもアザレア姉さんやヒスイと過ごすため……。涙を呑んで受け入れましょう。けど、その代わり今日は目一杯、私に付き合ってもらうからね? ヒスイ」


「むぐっ……それは別にいいけど……具体的に僕はなにをすればいいの?」


 いきなりコスモス姉さんに抱きしめられる。この数年ですっかりコスモス姉さんも成長した。


 身長は僕と同じくらいだが、女性特有の体つきは……うん。残念ながらアザレア姉さんのように立派には成長しなかった。


 正直、女神アルナと同じくらい彼女は平坦だ。それでも女性だから柔らかい二つの膨らみが当たる。こればかりは何度やられても慣れないな。


「ふふふ……ヒスイに求めることなんて最初から決まってるじゃない」


「な、なんか怖いよ……コスモス姉さん」


 不敵な笑みを浮かべる姉コスモス。


 一体僕は、彼女になにを要求されるのか。一抹の不安が脳裏を過ぎり、そのまま夜になった——。




 ▼




 夕食を終えて風呂にも入る。哀しいことに僕はお湯を使わせてもらえないが、ここでも女神たちに教わった力は活きる。


 女神カルトの呪力さえあれば、制御とイメージを固めて水をお湯に変化させるくらい簡単だ。


 おまけに浴槽も作れるし、その浴槽を入れておける【収納袋】もある。


 コスモス姉さんとアルメリア姉さん以外の家族には秘密だが、僕とコスモス姉さん、アルメリア姉さんはずっとそうやって過ごしてきた。


 そして今夜。


 僕はいま、コスモス姉さんの目の前にいた。


 立っているわけじゃない。寝転んでいる。同じ布団の中に入っているのだ。


 瞼を開けるとすぐ目の前にコスモス姉さんの顔が映る。


「それで……これがコスモス姉さんの望み?」


「ええ。ヒスイったら恥ずかしがってなかなか一緒に寝てくれないでしょ? 今日は特別な日だからね。きっと許可してくれると思ってたの」


「姉さん……少なくとも二年は会えなくなるのに、最後のお願いが添い寝でいいの?」


「えー! なにその顔。ヒスイはお姉ちゃんと一緒に寝るのが嫌なの!?」


「そうは言ってないよ。ただ……これが最後でいいのかなって」


 僕はまだ十三歳。学園入学の資格を得るにはあと二年足りない。


 その間は王都に行かないし、当然、コスモス姉さんとも会えない。


 彼女はそれがわかっていながら、なぜいつでもできる添い寝を急に要求してきたんだろう?


 そんな疑問が僕の脳裏に浮かぶ。


「たしかに添い寝は、特別な行為でもなんでもない。いつだってできることよ。けどね? こういう何気ない一日が一番の思い出なの。ヒスイといた時間を鮮明に思い出せる日常こそが……私にとって一番の記憶よ」


 そう言ってコスモス姉さんは温かい手を伸ばす。僕の頬にそっと触れると、後頭部を抑えて自分のもとへ引き寄せた。


 今度は柔らかくいい匂いがしてくる。コスモス姉さんの首から胸のあいだに顔を埋めた。


「一番の記憶なら、二年後からも新しい思い出がたくさんできるね。あと二年もすれば、ずっと一緒にいられるし」


「あら、ヒスイは優しいわね。そういう台詞を言うなんて。お姉ちゃん、嬉しくて胸が張り裂けそうよ?」


「その割には余裕の態度に聞こえるけど?」


「我慢してるのよ。可愛いヒスイにはそのままでいてほしいもの。気持ちを伝えるのは、もっとずっと先でもいい」


 安らかなコスモス姉さんの声に、たまらず僕の視界が薄っすらとしてくる。


 どうやら睡眠が脳を支配し始めたらしい。


 うとうとしながら彼女の話を聞いていると、ふいに、僕の顔が上に向いた。


 コスモス姉さんに向かされたものだと気付くと、次いで、——視界がすべてコスモス姉さんで埋め尽くされた。


 唇に感じる柔らかな感触。それが彼女のものだと認識すると、ボケていた思考が途端にクリアになって————。


 内心で、思わず叫んだ。




 え、えぇえええええ————!?


 こ、コスモス姉さんに……キスされた!?


———————————————————————

あとがき。


成長してもキスくらいするよね!



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