第174話 力になりたいと思った

 ガタガタと馬車は走り出す。


 すでに正門を越えた。王都の外に出てまっすぐ目的地である帝国領に向かう。


 その道中、僕はどうしても隣にいる彼女に聞かなきゃいけないことがあった。


 肩にべったりと自らの頭を擦りつけて休んでいるローズに声をかける。


「あ、あのー……ローズ?」


「はい、なんでしょうか」


 ローズは明るい声で答えた。そこには決して僕の抱くような邪気は感じられない。


 だが僕はたしかに見た。馬車に乗ってすぐ彼女が浮かべたあの表情を。


 あの時の顔が嘘や幻とはとても思えない。あれがローズのデフォルトとも思えない。


 だから意を決して口を開く。


「なんでローズまでついて来るの? まだ国を出たばかりだし、急いで戻れば間に合うよ」


「大丈夫です。今回、わたしが同行することを知らないのはヒスイ様だけですから」


「どこら辺が大丈夫!?」


 まさかの当事者がなにも知らなかったパターン!


 前世で見たことがある。僕も好きだったドッキリ番組みたいなやつだ。


 実際に僕がやられる立場になると普通にびっくりするし、この状況では全然ドッキリではない。一種の恐怖すら感じる。


 なんせ目の前の彼女は王国の大貴族。命の危険すらある帝国への密入国など冗談では済まされない。


「よくペンドラゴン公爵や陛下が許可しましたね」


「ああ……それに関しては初めてお伝えしますね」


「?」


 初めて?


 ローズの言葉に首を傾げる僕。そんな僕に彼女は当然のような顔で言った。


「実はまだ誰にも伝えてません。御者の人と護衛の騎士たちはなんとか許可をもらっている、と騙せましたが、さすがに公爵と父が許してくれるはずがありません。騎士たちに伝えるのだって直前だったくらいですよ? えっへん」


「だめええええ!?」


 あまりにも巨大すぎる爆弾が落とされて、僕は口から心臓が飛び出すんじゃないかと思った。


 公爵にも陛下にも許可をもらわず、直前になって僕の帝国への諜報活動に混ざる……!?


 万が一にも彼女が怪我なんてしたら、それこそ戦争の火種になりかねない。


 相手側もさすがに侯爵令嬢をいきなり殺すような真似はしないだろうが、これは非常にまずい。


 いま、僕の両手に国の将来が乗っかっているようなものだった。


「なにしてんのローズ!? 急いで王都に戻るよ! 御者の人に説明して……」


「待ってください! ヒスイ様!」


 立ち上がろうとした僕の腕をローズが全力で引っ張る。


 再び座らされると、彼女は真面目な顔で言った。


「わたしも帝国の現状が気になるのです。たしかに自分のワガママでこのようなことをしたという後ろめたさはありますが、たとえ命を失ってでも知りたい! だから、ヒスイ様について行くと決めたんです!」


「いや、ローズに死なれた場合、個人の問題では済ませなくなる……」


「それを言ったらヒスイ様だって王国の貴族。大なり小なり問題はあります。誰が行動を起こしたって問題を抱えるくらいなら、そこにわたしが混ざっても構わないでしょう? いざとなった時は、自室に置き手紙を残しておきました。わたしのことは家族の一員として扱わないでください——と」


「ローズ……」


 彼女はそこまでして僕について来ることを選んだのか。


 たとえ彼女がどう思おうが、侯爵が彼女の死や犠牲を許せなかったら戦争に繋がるわけだが、それでもローズの覚悟は伝わった。


 本当なら彼女のことはいますぐ国に連れ帰るべきだけど……しょうがない。


 いざとなったら僕が蘇生させてでも守る。


 ローズは大貴族のご令嬢だから、外の世界に強い憧れがあるのかもしれない。そういう小さな願いを、いまだけは叶えてあげよう。


「……解った」


「ヒスイ様!」


「でも、くれぐれも僕の指示には従ってね? ここでは身分の差など関係ない。命を懸けて任務を果たすよ」


「はい! もちろん解っていますわ。どうかわたしのことは単なるローズとして扱ってください!」


「……単なるローズ、ね」


 たとえ一般人のように扱われてもいいってことだよね? それなら僕も遠慮しない。彼女にも働いてもらう。


 けど不思議とローズの思いどおりになっているような……気のせいか。


「じゃあローズ。僕のこともヒスイと。絶対にそばから離れないでね?」


「解りました! これからよろしくお願いしますね、ヒスイ。うへ、うへへ!」


 妙な笑い声を漏らしながらローズは飛びきりの返事を返す。


 僕の諜報活動に、早速初日からローズが加わった。これで仲間はローズとルリか。実に不安になる人選だ。


 でもルリはともかくローズには豊富な知識がある。それに助けられることもあるだろう。


 両脇に不安材料を抱えながら、僕の旅は始まる。


 本当に大丈夫かな……?

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