第78話 恐ろしい

「……じゃあ各自、明日の学園案内までゆっくり休むように! 体調を崩して遅れるなよ~」


 担当の教師が大きな声でそう伝えると、メモ代わりの紙を片手に持って教室を出ていった。


 どうやら本日の話はすべて終わったらしい。


 ざわざわと教室内が賑やかになってくる。


 当然、教師が消えて自由になると、再び僕の席の前にはたくさんの生徒が集まってくるわけで……。


「ヒスイ男爵! このあと一緒にお茶でもどうかな? 最近いい茶葉が手に入ってね。美味しいお菓子も用意するよ!」


「なに言ってるのよあなた! ヒスイくんをお茶に招待するのは私が先よ! ね、ヒスイくん。私の家は裕福だから、お茶やお菓子だけじゃなくて宝石なんかもプレゼントしてあげられるわ! なにか欲しいものはある?」


「ハンッ! 物で釣ろうとするとは浅ましい。男同士の友情に女が入ってこれるはずがないだろ! 君は引っ込んでいたまえ!」


「なによ! 友情とか今どきありえないんですけどぉ? 寒いわよあんた!」


「なんだと! 同じ子爵家の令嬢のくせに!」


 目の前で繰り広げられるクラスメイトたちによるキャットファイト。


 貴族らしく暴力こそ振るわないが、ああだこうだと文句や暴言が飛び交う。


 これで学園でも秀才が集まったクラスなのだから驚きだ。


 異世界だろうと地球だろうと、子供は子供らしい。


 そのことにくすりと内心で笑っていると、人混みをかきわけて二人の女性が僕の前に現れる。


「ヒスイさま!」


「ヒスイ男爵!」


 ローズとマイア殿下だ。


 二人揃ってバン、と机を強く叩くと、同時に同じ言葉を告げる。




「「お茶をご一緒しましょう!」」




 一拍置いて、二人ともお互いの目を見る。


「「は?」」


「待って待って、落ち着いて、ローズ、マイア殿下」


 いきなり険悪ムードになった二人を慌てて止める。


 侯爵令嬢と第一王女が出現すると、自然と周りも距離を離して逃げた。


 懸命な判断だが、だれか一人くらいは僕を助けてくれてもいいんだよ? それが友情ってものだろう?


 わずか数秒で友情の虚しさを僕は知った。


 その間にも二人の女性は笑みを浮かべて話し合っている。




「ふふふ、ここは第一王女である私に遠慮してくださいな、ローズ侯爵令嬢?」


「あはは、面白いこと言いますねマイア殿下。学園では身分の差を振りかざすのはご法度ですよぉ? それに、ヒスイさまはと一緒にお茶が飲みたいって仰っていますしぃ」


 わざわざ、「私」の部分をローズは強調する。


 ぴきり、とマイア殿下のこめかみに青筋が。


「うふふふふふ。おかしいですねぇ……一言もヒスイ男爵は仰ってませんでしたよ? 記憶がおぼろげになるにはまだ早いのでは?」


「いえいえいえ、私とヒスイさまの仲ですから。同じ屋根の下で過ごしたほどですよ? きっとこの想いは共通のものであると解っています」


 笑っているのに二人とも笑っていない。


 くすくすと口元は動くが、不思議と背筋が冷たくなる。


 そして、ひとしきり笑い終えると——。




「妄想乙」


「相手にもされてないくせに」


 最後に強烈なパンチを繰り出した。


 このままだと本気で殴り合いにまで発展しそうな空気だったので、僕は勢いよく席を立つ。


 若干わざとらしく、


「あー! そう言えば僕、このあと用事があったんだ! ごめんごめん! そういうことだからお茶はまた今度ね! さようなら!」


 荷物をまとめて教室から逃走。


 制止する二人を無視してさっさと校舎を出ることにした。




 ▼




「ハァ……酷い目に遭った」


 とぼとぼと校舎を出て中庭を歩く。


 あの二人、仲がよさそうに見えたけど実は仲が悪かったんだね……知らなかった。


 てっきり身分に差があるからローズのほうが引くのかと思ったら、意外とぐいぐい来てビビった。


 周りのクラスメイトたちも引いてたし、今後はあの二人の対応には注意を払わなくちゃいけないな。


「いきなり前途多難じゃないか、僕の学校生活」


 目立つのは嫌いじゃないが、あれは違うだろう。


 そこまで好かれることもしてないのに。特に第一王女のほうは。


 恐らく、王族に僕という才能を迎え入れたいのだろう。政治的な話は興味ないかな。


 さくさくと雑草を踏みしめて、適当に中庭で時間を潰す。


 さっさと家に帰ってもいいが、こういう何もない時間もたまには悪くない。


 そう思って空を見上げていると、後ろから男性の声がかかる。




「おい、ヒスイ」


「ん?」


 足を止めて振り返る。


 するとそこには、何人もの友人を連れた見慣れぬ顔の男子生徒が立っていた。


 不思議と彼からは敵意のような感情が伝わってくる。


 しかし僕は彼のことは知らない。


 首を傾げながら、


「なにか用ですか?」


 とシンプルに訊ねてみる。


 前方の男子生徒、その一番前に立つ少年が、指を差して言った。


「おまえ、新入生代表だからって調子に乗るなよ! なにが全属性が使えるだ。ひとつの属性を極めたほうが強いに決まってるだろ!」




 ……え? なんの話?


 本気で困惑する。

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